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戦後教育の早急な改革を  2006.11.05   

埼玉県県会議員 鈴木正人 氏

<略歴>
昭和43年東京都生まれ
平成3年国士舘大学卒業
平成8年志木市市議会議員に当選
平成17年埼玉県県会議員に当選

<編集部注>
本稿は2006年7月26日に行われた志木ロータリークラブにおける講演の概要です。いわゆる学術論文ではありませんが、現役の政治家の思いを皆様にお伝えすることは意義があることと判断致しました。鈴木先生に相談したところ、快く掲載に賛同下さいました。鈴木先生は特に拉致問題、教育問題に積極的に取り組んでいるようです。詳しくはhttp://www.trans.ne.jp/masato/ をご覧下さい。

 
私は、昨年夏の補欠選挙によって埼玉県議会議員に初当選させていただきましたが、その前の9年間は地元志木市で市議会議員を務め、主に教育問題に非常に関心を持ち、力を入れて活動させていただいております。
 
多くの方がマスコミの報道などでご存知の通り、私の住んでいる志木市では地方自治体の中では教育の先進都市と呼ばれ、前市長の時代に25人程度学級という少人数学級を全国で初めて取り入れ、不登校児に自宅でも授業を受けられるように教師を派遣し、面倒を見るホームスタディ制度を設けるなど、様々な改革を進めております。
 
ひとつひとつの施策は、現在教育の現場で起っている様々な問題を解決していくために、対応策として大変評価出来る内容ものであるとは思いますが、全国レベルで起こっている教育問題の抜本的な解決策になるのかと考えると、こういった対処療法だけでは到底解決しきれない状況にあるのではないかと考えております。

もちろんすべての人がそうだとは言いませんが、現在のような戦後教育を受けた結果、親が子どもを殺し、子が親を殺すなど全く理解に苦しむ凶悪な事件が多発し、学力や体力も年を追うごとに年々低下しております。行政や教育委員会などは、さまざまな対応策を考え実施しておりますが、そういった傾向がなかなか改善されずに頭を悩ませております。
 
何をどう間違ってしまったのか。
 
まず第一に、戦後は自主性や個人の尊重を金科玉条とした結果、自分の欲望さえ満たされれば他人がどうなろうがそれでいいというわがままを認めてしまった事や、可愛さ故に子供をペットのように扱って、親が甘やかし続け、基本的な躾がなおざりにされてしまった事に主な原因があると私は考えております。
 
次に、先の大戦の敗戦ショックから歪んだ反省の下、行き過ぎた自虐史観が瀰漫し、マスコミや教育界などから贖罪意識を無理やり植え付けられ、自分の郷土や祖国に誇りを持ち、自然に愛する事すらも偏狭なナショナリズム扱いされて否定されてしまった結果だと考えております。
 
私は昭和43年生まれのいわゆる新人類世代であります。幼い頃は外で元気に遊び、学校ではゲンコツを食らい、部活動では先輩後輩の上下関係が厳しく時には鉄拳制裁もされた最後の世代であります。ところがそれでも、裕福な時代に育った世代でもあるからかもしれませんが、中学校時代は校内暴力が吹き荒れ、荒れる学校に先生方が手を焼いておりました。私自身も中学、高校では反抗期も重なり、先生方の手を焼かせた一人でもありました。
 
しかし、あの時代を振りかってみても、たとえ先生に反抗していたとしても先輩方は怖い存在であり、いわゆるツッパリグループに仮に所属していたとしても、そこには鉄の掟と厳しい規律があり、気合と根性がなければ悪ガキも務まらないというような時代でありました。
 
あれからさらに四半世紀が経ちましたが、その後はご承知の通り、荒れる学校はある程度治まりはしたものの、今の子ども達は冷め切ってわかり易く不良をする根性も意味もなくなり、その代わりに成績の優秀な子どもまでが突然親を襲ってみたり、普通の子が友人とのいざこざで簡単にナイフを使うなど抑制がきかなくなり、命まで奪ってしまうなど、いつ誰が何をしでかすかわからない時代になってしまいました。
 
人の痛みがわからず命が軽んじられ、あたかもゲーム機のようにリセットすれば生き返るとでも考えているのではないかと疑ってしまうような無分別な行動が見受けられ、理解に苦しむばかりです。
 
今の先生方は昔と異なり一切体罰禁止となりましたので、怒るといっても限界があります。親も甘やかし続けておりますので、今は子供にとって怖い大人が存在しておりません。端的に申せば、今の子どもたちは完全に大人を舐めきっております。
 
私は決して大人たちの感情的な体罰を肯定するつもりはありませんが、皮肉な事に学校で全くゲンコツを食らわなくなった事で、子どもたちは殴られる痛みがわからず、キレると加減なく相手を滅多うちにする傾向が見受けられるようになってしまいました。
 
大人が子どもの自主性を尊重しすぎて、好きな事ばかりやって甘やかし続けられたので、当然の事ながら子どもの我慢する能力は著しく低下しました。
 
今や先輩後輩の上下関係も厳しくないですから、子どもは年長者や大人を甘くみて言う事を聞く必要も感じておりません。簡単にキレてしまい就職しても長続きせず、これではニートやフリーターが増加するのも当たり前の結果です。
 
親や先輩や大人がある程度怖い存在であれば、簡単にキレるなんて出来ません。キレたら逆に怒られてしまい、場合によっては鉄拳制裁を食らう可能性があるからです。
 
一方で若者自身も、わがままで仕事が長続きしない自分自身に嫌気がさして、自信も失っておるようです。あるアンケート調査では日本の子どもの70%以上が自信を失っているとの由であります。ちなみに、米国では約40%、韓国で30%、中国で15%という結果です。我が国の子どもたちが各国と比較し著しく高い割合で自信を失っていることをおわかりいただけたことでしょう。
 
たとえ厳しい現実があっても目標に向かって我慢をし、困難を乗り越えて目標を達成する事は何よりも喜びを感じる瞬間でありますが、厳しい現実から簡単に逃れさせ、すぐに甘やかしてしまうクセを親や教育界が行なってしまっているとしか思えてなりません。
 
厳しい事に耐えられないという事は、我が国が誇る勤勉性が失われる事となります。これでは資源が乏しく食料自給率の低い我が国が、今後も厳しい国際競争社会の中で大国として衣食住に苦労せず裕福なまま生き残っていく根幹が崩れてしまい、大幅に衰退する事も予測されます。
 
そして、最近の自信の無くなった子どもが増えた原因の一つとして、行き過ぎた自虐史観と度を越えた贖罪意識は無関係ではないと思います。
多くの一般的な若者と話をすればすぐにわかると思いますが、多くの人が歴史の勉強は嫌いだったと言っています。この現象は最高学府である大学を出た人達にも同じ現象が見受けられます。
 
私からすれば当然の事で、過去の歴史から多くを学び、反省すべき点は反省し未来に生かす事には全く異論はありませんが、自分達の国だけ特別悪い国であった、祖先は悪い事ばかりしてきたと教えられれば、郷土に誇りを持ち、歴史に関心を持つということに余程の変わり者でない限りならないでしょう。ちなみに、「青少年をして祖国の前途に絶望せしめる事が、革命精神養成の最良の道である」と述べたのはレーニンです。
 
私自身は、歴史教科書があまり面白くなかったので独学で勉強した結果、歴史が好きになるという違う意味での変わり者でした。図書館にある本や、市販されている歴史の本などには幾らでも祖国に誇りを持てる文献があるのですが、私達の学んだ教室の現場だけは違っていたのであります。
 
今は多少の改善が見られるものの、多くの子ども達は現在も自虐史観の持ち主になるよう教育されております。採択されている教科書の通りに教わるとそうなるのです。マスコミが煽って世間を騒がせ、中国や韓国からクレームの出ている扶桑社の『新しい歴史教科書』は今回もほとんど採択されませんでした。
 
市販されたので、読んで見た事のある人はわかると思いますが、この教科書は政府の検定も受けていて、著しく偏った内容であるとは到底思えないにもかかわらずです。
 
ところが全国の多くで採択されている教科書は相変わらず、いわゆる今まで通りの自虐史観に基づいた内容なのです。
 
ではなぜ、そうなるのか。結局歴史教科書を採択する権限を持っているはずの教育委員会が教員団体などの圧力に簡単に屈してしまい、絞込みという専門員の教員が選んだ教科書がほとんど出来レースの中で決まっていて、教育委員は自分の良識に従った意見をほとんど採択の場で言わないからです。私にしてみれば理解に苦しむ教科書採択が行なわれているのです。
 
その証拠に、埼玉県ではすべての市町村が歴史教科書では東京書籍のものを採択しております。歴史教科書は扶桑社や東京書籍以外にも検定が通っている教科書が全部で8社あるにもかかわらずです。地方分権が叫ばれる中で埼玉県中の市町村が東京書籍1社だけを採択しており、何か利権でもあるのかと疑いたくなるような異様な結果が出ているのであります。
 
結局、教育委員会の人たちもやはり圧力が怖いのです。
 
中国や韓国にクレームをつけられた教科書を、内心では別に良いではないかと思っていても、採択すべきだと言ったと報道されれば、自称市民団体という左翼過激派に嫌がらせの手紙やビラで中傷されたり、役所や自宅を囲まれてスピーカーを通して抗議されたりするのが面倒なのです。実際に新しい歴史教科書を採択した杉並区では、区役所を左翼団体に囲まれ騒然となりました。
 
そういった左翼団体の抗議に対して、怒りを覚えた若者たちは逆に『新しい歴史教科書』採択を支持するという事で区役所に集まり、彼らは教育委員達を守ろうとして声を上げました。そして何とか扶桑社の教科書が区長や教育委員会の信念で採択されましたが、しかし、ここまで大騒動になってまで信念を通そうと行動する教育委員なんて他の自治体ではほとんどおりません。
 
ですから、世論の流れが変わってきていたとしても、教育界だけは中々変わろうとせず、旧来以前の教育が続けられているのであります。
志木市はそれでも割りと柔軟な方ではありましたが、埼玉県に行ってみると、民意で選ばれたはずの知事の意向を等閑視し、教育の中立性を盾に抵抗する連中の動きが、特にこの歴史教科書問題では感じられます。
 
そういった膠着した状況から考えると、もはや教育委員会の意義も薄れてきており、教育委員会廃止論もそろそろ真剣に考え、民意で選ばれた各首長に権限を持たせなければ、教育の中立性を盾に実は中立どころか特定のイデオロギーに牛耳られ、民意とはかけ離れた時代遅れの歴史教育が続くこととなるのではないかと危惧しております。
 
いずれにしても、戦後行なった学校の授業で気持ちが暗くなるような自虐的歴史教育の歪みを是正し、郷土や祖国に対して誇りを持たせる事が子どもたちや若者に自信を取り戻すことになり、その事が自立したたくましい大人を育てることになるはずです。このことこそ抜本的な教育再生の道であると考えております。
 
70年代後半、英国病に悩まされたイギリスでもサッチャーによる教育改革が行なわれ、栄光ある英国の再生に成功しました。我が国でも、国会において教育基本法改正が与野党ともに検討されておりますが、これを決して政争の具にせず、お互い協力して出来るところから早急に抜本的な戦後教育の改革、教育再生に取り組んでいただきたいと思っています。それに呼応する形で地方自治体も誇りと自信を持たせる教育改革を進めなければならないと思います。

 
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