◆ はじめに
私がニューヨークへ来てちょうど一年を迎えることができた。昨年はESLのクラスのみとなってしまったが、クラスを始めとする学内或いは私生活等学外で様々な経験ができた。海外で一年以上過ごしたことは今までに無く、また加えてNYは私にとって生まれて初めての街であったこともあり目新しい物事ばかりあった。
クラスでは中国人、欧州人、中南米人など様々な国のクラスメイトを持ったが、中でも韓国人や台湾人の学生が多くいた。クラスメイト達は当然ながら各の母国があるが、同時に各の独自の性格も持っている。そのため、一概にその国の人間が全てクラスメイトのような性格であるとは言えないが、その母国がその個人へ与えてきた影響は少なくない。
彼らと話し、また彼らの話を横で聞いていて彼らの国の新たな印象或いは彼らの国への再認識が私の中で形成されてきた。
さて、韓国人についてであるが、私の中では「韓国人は日本人の事を嫌いである」という印象がある。しかしながら、不思議と韓国人は日本のことをよく知っている。日本語での簡単な挨拶やいくつかの単語、日本のポップミュージック、日本の料理を始め日本の文化を知っているものが多い。彼らは日本のことが嫌いだったのではなかったのか。先ずこれに驚いた。私が知っている韓国語は「ウリナラ・マンセー」程度であり、或いは韓国の曲と言えば一昔前に日本のお笑い芸人「ダウンタウン」の番組で扱われていた曲ぐらいである。
韓国人らに「韓国のスター(いわゆる韓流スター)を知っているか」と聞かれたことが何度かあり、私はその都度「ペ・ヨンジュンとチェ・ジウ」と答えてきた。何人かの韓国人等は「他には知らないのか」と更に尋ねてきたが、他に何も知らなかった私は「知らない」と答えたが、それによって「あなたはエンターテーメントに興味が無いのね」などと言われたこともあった。どうやら、彼らは日本で韓国人スターが流行っていると思いこんでいるのである。事実、私はEメールでエンターテーメントに強そうな日本の友人ら数人に「韓流スター」について聞いてみたが、その殆どが「知らない」、「あまり興味がない」とのことであった。韓国国内で「日本では韓国のドラマ、韓国の歌が大流行です」とでも報道されているのだろうか。
以上挙げたことはほんの一例であるが、本稿では主観的過ぎるとのお叱りを覚悟しつつ私が実際に体験したいくつかの逸話とともに、NYにおける韓国人留学生の実態について報告したい。
1. 将来の夢
英作文のクラスの中で「各人の将来の夢について、何故その職業に就きたいのかその理由を添えて簡単にまとめて発表せよ」と先生から課題が与えられたことがあった。殆どのクラスメイトの発表内容は覚えていないが、特に1人の韓国人女性の発表が印象的であったのを覚えている。正確な表現は覚えていないが、彼女は「私の将来の夢はフライトアテンダントになることであり、韓国人の女性なら誰でも1度は憧れる職業です。なぜならば、フライトアテンダントは高い給料をもらえるからです」と言った。続いて先生が「いくらもらえるのか」と聞き、彼女が「年収10万ドル以上です」と答え、更に先生が「本当に。大統領でさえ20万ドルちょっとだぞ」と言ったのに対して彼女は「本当です、大韓航空はそうなのです」と答えた。私はフライトアテンダントの給料については全くの知識が無く、せいぜいで会社によって或いは国内線・国際線によって給料が異なるだろうが、悪くはないだろうと考えていた程度であり、その額(私の記憶が確かであれば、彼女は勤務初年度ではなく、二年目か三年目と言っていた)に驚いたのと、大統領の給料の低さにも驚いた。これらのことは証拠を確認した訳ではないが、額はともかく、とにかくフライトアテンダントが相当の高給取りということだけは、嘘ではないだろう。
しかし、それ以上に衝撃的だったことがある。確かにその韓国人はかわいらしい子であり、フライトアテンダントの女性と言えば、「綺麗なお姉さん」とついつい想像してしまうのは私だけではないことと思う。そのようなことはどうでもいいのであるが、彼女がフライトアテンダントになりたい理由である。日本にもフライトアテンダントに憧れる女性は多くいることと思う。事実、私が小学生や中学生だった頃など私の周りにもそれを夢見ていた友人も何人かいた。彼女たちが憧れた理由の1つに「給料が高いから」という点もあったかもしれないが、第一の理由は、「綺麗な人が多いから」、「かっこいいから」、或いは「世界中を飛び回ってみたいから」などであった。つまり、基本的な物の見方、理念が異なっているのであり、彼女からすると「金を持つ」ことが手段ではなく目的となっているのである。
更に、「韓国人女性ならば高い給料をもらえるフライトアテンダントの職に就くことを一度は憧れる」と述べたが、それについて他の韓国人は特に否定をしなかった。これは韓国人共通の感覚のようである。
これについて月刊誌『正論』で連載されている「韓流を知るページ(第12回・1月号)」に「韓国人にとって最も重要なものは? というアンケートを民間の放送局が行ったところ、全体の58.3%の人が『お金』と答えたことが分かった。‥(中略)‥韓国社会の『拝金主義』は昨日、今日、始まったことではないのだ」と書かれていたが、いやに納得したのを覚えている。
2. 独島
「君はドクトを知っているか」。私は今まで数人の韓国人からこのように直接聞かれてきた。私の友人の一人はもしもこのような質問を受けたならば、「ドクト?ドクター?お腹痛いの?頭おかしいの?」と聞き返しなさいと言っていた。それはそうと、この質問を直接的に聞いてくる勇気に先ずは驚きである。
独島(ドクト)。それは日本人でも知る人ならば知っている島、現在韓国が国際法上不法占拠している日本の「竹島」のことである。我が国が竹島の返還を韓国に要求し続けていることは言うまでもないだろう。
そこで再度英作文のクラスの話である。英作文のクラスでは先生が生徒達の書いたエッセイを回収し添削する。そして、先生が間違いやすい一文をそれぞれのエッセイから選び、それを他の紙にまとめて印刷し授業で扱うことがしばしばあった。要するに一文のどこかに間違いがあり、それを修正する作業である。誰の文章であるか、名前は書かれていないために名乗らなければ基本的には誰が書いたか分からないようになっていた。
主題は何であったか忘れてしまったが、ある時、その中に以下のような内容の一文があった。「日本政府は日本が数十年間所有した島、ドクトを要求してきている」。日本人にとっては明らかにどこの国の学生が書いたのか分かる一文である。これを例題として選んだ先生に疑問があったことも確かであるが、これを読んだ瞬間に少々驚いたのと同時に彼ら韓国人の竹島に対する概念が見えてきたのを覚えている。
そして、驚いたことはこの一文で止まらなかった。この文章について私に対し「この文章はあなたが書いたのか」と小声で聞いてきた韓国人学生(女性)がいた。私は「いいえ、違いますよ」とだけ答え彼女は特に疑った様子もなかった。私は私の隣に座ってその様子を見ていた台湾人に「日本人はこんな文章を書けないよ」と告げたが、日本人ならば誰もがそう思うであろう。これは日本人にとって全く不思議な文章である。我が国の竹島に対し、このように捉えている日本人はまれであろうし、ましてや「ドクト」とは書かない。むしろ書けない。
やがてこの一文を含む英文法上何らかの間違いがあったそれぞれの文章の解答が行なわれ、当然ながら、この一文についても触れられた。担当の講師が正しい英文法を告げた後、「これは本当か」とクラス内で私に聞いてきた。私は微笑みを浮かべながら黙っており次の問題へと移ったが、何か言うべきであったろうか。講師がその質問をしたとき、クラスにいた5人の韓国人は興味深く私の方を振り返ったことを覚えている。その時に、この一文について異論を唱える韓国人は誰一人といなかった。つまり、ここから韓国人の竹島に対する一般的認識を察することができるだろう。
私は上記中の「数十年間」が少々気にはなったが、それは韓国が日本の一部であった時代のことであろうか。韓国がシナ大陸の影響から放たれ、最も成長した時代のことであろう。また、このことについて韓国以外の学生は特に目立った興味を示さなかったように記憶している。
3. 東海
東海、それは日本の東海道、或いは東海地方のことではなく、ここでは韓国人が言うに「日本海」を指す単語であるのことである。
韓国側が200数十に上る「東海」に関する歴史的資料をアメリカ議会図書館で調査し、6〜7割が「東海」或いは「朝鮮海」で表記されているのを発見したと主張したが、日本側が同じ事を行ったら資料は1400数十枚に上りその7〜8割が「日本海」で表記されており、「東海」はわずか数枚であったとのニュースは記憶に新しい。
英語講読のクラスではESL学生用の新聞「ニュース・フォー・ユー」を週に1度程度の割合で読んだ。A2ほどの紙一枚を2つ折りにして合計4頁と小さな新聞であるが、その中には興味深い記事も多くあった。政治的意見そのものを主張するような記事は無いが、昨年行われた中間選挙について、或いは我が国の悠仁さまご誕生と皇位継承問題に関する記事もあった。また、その新聞で昨年北朝鮮が行った核実験に関する記事もあり、クラス内でそれを読んだのと同時に韓国人学生が多かったせいか、担当の教授が「この記事、また出来事についてどのように思うか」など簡単な質問を行った。韓国人からは「恐い」、「やめてほしい」などとの意見が多かった。しかしながら、北朝鮮そのものについては「かわいそう」、「仲間である」などとの同情の気持ちが強かったように記憶している。先の大統領、或いは現大統領の親北太陽政策の影響であろうか。余談ではあるが、これについて台湾人は「確かに北朝鮮の核は脅威であるかもしれないが、しかし、我々にとっては既に核兵器を保持する中国という国がもっと脅威である」と興味深いことを述べた。
さて、ここでの主題は北の核実験では無く、「東海」である。この北の核実験の記事から、どのように「東海」につながったか。新聞の記事には北朝鮮が国内で核実験を行ったと推測される地点を記した地図があった。そこにはいわゆる北東アジアの一部、朝鮮半島を中心として日本列島、中国の一部、またロシアの一部が描かれた地図が掲載されていた。
北の核実験に関する議論、意見が一段落した後に、教授が「他に何かありますか」と我々に尋ねた。そこで一人の韓国人学生が「先生、この新聞には間違いがあります」と述べ、教授が「何だろう」と彼に聞いたのである。北の核実験について何か新たな視点か、或いは核のエネルギーの数字でも違ったのかと想像していたが、彼は「日本海ではなく、東海が正しいのです」と言った。私は意表をつかれたのと同時に思わず微笑んでしまった。新聞に掲載されていた地図には無論『日本海』と表記されていた。これに対し教授は「ううん、国によってはそういう呼び方をするのかな」と言って終わったが、少々困った様子でもあった。中国の核の脅威を主張した台湾人は私のすぐ後ろに座っていたが、その発言を聞いたときに私の背中を軽く叩き合図した。彼もやや微笑んでいた。また、他の学生は特に気にした様子は無かったように記憶している。
授業終了後に私は早速周りのクラスメイトなどに聞いてみた。台湾人達に尋ね、彼らは「それは日本海である」と答えたのと同時に私のクラスメイトでなかった台湾人は韓国人が先のように述べたことを聞いて笑っていた。また、ポーランド人が持っていたアメリカの地図にも「日本海」と表記されており、中国人達は地理に弱かったのか当初はやや困惑していたが、最終的に「そこは日本海だよ」と答えた。中国人の東海とはいわゆる「東シナ海」のことであり、別の海を指すことを察することは容易である。
結論からして、「日本海」のことを「東海」と呼称するのは韓国だけか韓国と北朝鮮だけである。ちなみに、別のクラスでもやはり同じ新聞を用いて授業を行ったと聞いたが、そこでもそのクラスにいた韓国人が「日本海では無く東海なのです」と発言したと台湾人の友人から後に聞いた。彼らのクラスを担当していた講師はやや混乱した様子であったと言い、その台湾人自身も「何がそんなに重要なのか、彼らは何なのだろうか」と笑っていた。どうやらこの件で韓国人は失笑を買っていたようである。
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また最近では括弧を用いて「日本海(東海)」と表記されている地図もある。どこの会社が作りどこで売られているのかは分からないが、私は今までに何度か目にしてきた。ESL事務室の入り口にこのように表記されている世界地図が貼られている。しかし、その地図は「日本海」の部分が横線で消されている。どこぞの韓国人がやったと想像するのは容易であろう。 |
4. 5000年の歴史
韓国人の友人等と歴史の話に触れる機会も幾度かあったが、その都度彼らの歴史認識について改めて驚かされてきた。その全ては韓国人側から何らかの形で話が始められてきた。つまり、私から尋ねることはなかったのである。私も韓国人達がどのような歴史認識を持っているのか非常に興味があった。中には日本との関係が深い話もあり、3月1日に「今日は韓国の祝日で独立運動の日なのだよ。植民地支配のね」などと言われたこともあった。また、「靖国神社についてどう思うか」などと尋ねられたこともあった。
その1つで特に印象的であった話は次のようなことである。それは韓国人の友人と台湾人の友人と私の3人で昼食を取っていた時のことである。韓国人の彼は「中国はすごいよね」と言い始め、彼は少し間を空けて後に「中国は16000年の歴史を持っている」と言った。私は彼が具体的にどのような歴史を指していたのか分からなかったが、空かさず「4000年か、せいぜいで5000年でしょう」と答えた。しかし、韓国人の彼は「いいや、確かに16000年だよ」と更に述べて、今度はそれに対して台湾人が「5000年でしょう」と答えた。中学校や高校などでいわゆる中華民国史を習ってきたであろう彼でさえ「5000年」と答えたが、再度韓国人の彼は「いいや、絶対に16000年だよ」と強調し、続けて「それに比べて韓国史は5000年、やはり中国はすごいよ」と述べた。私が実際に具体的な数字を聞いた、或いはこのような歴史認識を聞いたのは彼からだけであるが、おそらく韓国人はこのように習いこのような認識を持っていると想像できる。特に彼から歴史の話を切り出し、具体的な数字を述べた。これをそのまま日本人に置き換えて考えてみてはいかがなものか。果たして日本人の何割がおおよその数字と云えども具体的な数字を示しながら歴史の話を少しでもできるだろうか。韓国人の何割がこのように数字を用いながら歴史の話をできるかわからないが、彼は歴史をいくらか知っており、逆に比較的歴史に興味があるとも推測ができる。
さて、この韓国人の歴史話と歴史認識であるが、これはいかなる意味の歴史であったのだろうか少々疑問である。これは日本で言う神話、皇紀に値するものなのであろうか、或いは倭国(奴国・倭奴国)の王が金印を受け取ったとされる西暦57年頃から数えているのか、はたまた聖徳太子が摂政を務めていた600年頃、日本で初めて元号を用いた大化元年(645年)からの歴史を指すのであろうか。
一概に「国の歴史」と言ってもさまざまな見方があるが、文献による歴史資料に基づきある程度の統一王朝が成立したか、或いはせいぜいでも文明発祥の後のことを指すのが一般的ではないだろうか。事実、上記の如く台湾人の中華民国史観は5000年、これは計算上黄河文明があったとされる頃からの歴史である。また、アメリカ人は「我々の歴史は短くまだ230年であるが、日本はもっと長いね」などと聞いたこともあり、1776年のアメリカ合衆国建国を以てその歴史とする概念を持っていることがわかる。
私は韓国史について専門的な資料を読んだことはなく、それについてはほぼ無知であるが、吉川弘文館の『世界史年表・地図』によると、紀元前300年頃に「箕氏朝鮮」と書かれているのが始まりである。それ以前の韓国史は空白である。
私は韓国の中学校や高校での教科書でどのように習うのであろうか、そこで5000年と習うのではないかと思い、その日本語訳の本が手に入らないかとインターネットで検索をした。その折りに「韓国国定歴史教科書」
(http://f17.aaa.livedoor.jp/~kasiwa/korea/textbook_korea/)のサイトを見つけ、そこには次のように記されていた。「最も早く国家として発展したのが古朝鮮であった。古朝鮮は檀君王倹によって建国されたという(B.C.2333)。‥中略‥ 古朝鮮の建国事実を伝える檀君説話は、わが民族の始祖神話として広く知られている。檀君説話は長年月にわたって伝承され、記録として残されたものである。この間に何らかの要素が後代になって新しく添加されもしたし、ときにはなくなりもした。このことはすべての神話に共通する属性の一つとして、神話はその時代の人の関心を反映しているために歴史的な意昧をもっている。檀君の記録は、青銅器文化を背景にした古朝鮮の創立という歴史的事実を反映している」。ここに「歴史的事実」と書かれているがこの文脈からその信憑性は薄い。神話と歴史的事実、或いは先史と有史を混同しているように見える。つまり、韓国では神話を歴史的事実として教えているようであり、また私の友人である韓国人もそれに基づき「韓国史が5000年」であると述べたと考えられる。
しかし、上記檀君神話から計算しても4340年であり、四捨五入をしても5000年にならないことが不思議である。また、彼は「中国史を16000年」と述べたが、それは黄河文明よりも遙か前であり近年注目されつつある長江文明からの歴史を意味したのか、土器などが作られ始めた時代からの歴史を意味したのか分からない。これはあくまで私の想像であるが、未だに中華思想第2位の呪縛から抜け出せないのか、宗主国を先ず優先し16000年とし、それによって自国も5000年とすることができると考えているのではないだろうか。いずれにしろ興味深いことである。
韓国人の彼は他にも興味深い話をしてくれた。例えば、豊臣秀吉による朝鮮出兵時の韓国の英雄、李舜臣であるが、彼は李舜臣が世界的な有名人であると言った。私は李舜臣について名前程度は知っていたが、横にいた台湾人は当然とも言うべきか、知らなかった。日本人でさえ彼の名前を知らない者が多いのではないだろうか、そして世界的に有名であるとはいかなるものか、不思議でたまらなかった。
また、彼は日本の侍についてもその起源は韓国にあると述べた。彼は「サムライは韓国では『サウラビ』と言って韓国が起源であり大昔には韓国にいた。日本にも何人かのサウラビが行くことによって日本にも伝わり日本にはそのまま長く残ったが、韓国のサウラビは滅んでしまった」と述べた。これを受けて私は唖然としてしまったが、横にいた台湾人も驚いた様子であった。具体的にいつの時代に、どの地域に、どのような格好をしたサウラビがいたのか、参考までに聞いておくべきであった。
さて、先の具体的な年数、「5000年」からは少々離れるが、ここで台湾人の歴史観にも少々触れたい。私は何人かの台湾人等とも歴史の話をしてきたが、その中で「殷(商)朝は嘘だよ。殷朝という王朝はなかった。あれは国民党がでっちあげたものである」と興味深い話を聞かせてくれた友人達がいた。日本でも数人の学者から「殷朝についてはその存在の疑いがある」と聞いたことがあったが、彼らはきっぱりとその存在を否定した。それどころか周朝の存在も否定した。その否定について全く存在しないことを意味したのか、地方豪族や地域国家のような存在にすぎなかったのかはわからなかったが、驚かされた話であった。他もいくらか歴史の話をしてくれた。加えて、私はそのような彼らに「南京虐殺なるものを知っているか」と尋ねたが「ああ、あれね。あれもおそらく嘘でしょう」と云っていたのを非常に印象深く記憶している。
もちろん、殷朝や周朝の存在を信じる台湾人も多くおり、その数の方が上回るだろう。また、日本でも中学や高校などの歴史教科書で登場するが、近い将来に「殷」の文字が歴史教科書から消えるか、本文から離れ欄外に1つの説として小さく記される日が来るかも知れない。
5. コピー文化とその他
他にもいくつかの興味深い事が多々あったので少し触れてみたい。コピー文化についてであるが、何を持ってコピー文化とするのか難しいところである。確かに日本人も中国から漢字や儒教などを時に朝鮮半島を通しながら輸入し、或いはポルトガル人がもたらしたテンプラス(或いはテンペロ)を天麩羅として日本文化の一部を形成してきた。日本文化で諸外国を起源とするものを日本独自に「日本のもの」として形成してきたものも少なくはない。我々日本人の多くが漢字の起源が中国にあると認識しているが、コピー文化と言われればそれもあるかもしれない。しかし、ここでの問題はそのようなことではない。「起源をも乗っ取ろうとするコピー文化」である。
日本文化の1つである侍の起源を乗っ取ろうとすることは先に述べたが、同様に数々の日本のものも被害を受けていることは確かである。日本で広く愛されている焼酎もその1つである。もちろんその技術は大陸か、或いは南方より伝来したと見るのが一般的であろうが、焼酎そのものは日本文化の1つである。しかしながら、韓国人の多くは彼ら独自の酒類であると認識しているようである。現に何人もの韓国人から「ソジュを知っているか」と聞かれたが、イタリア人に「パスタを知っているか」と聞くようなものであり奇妙な質問である。また、彼らの宣伝工作によってか、焼酎が韓国のお酒であると認識しているアメリカ人も少なくないようである。もっとも、韓国風に読むと「ソジュ」となるのであるが、そのソジュが韓国独自の酒類であるとの認識が広まりつつある。
また、他に身近な例としては剣道、柔道、合気道など日本武道であるが、これもコムド、ユド、ハプキドと彼らの国で生まれたと言う韓国人が何人もいた。中には、「たぶん、コムド、ユド、ハプキド、カラテは日本のものじゃないかな」と述べたものもいた。ある時に、小学生の頃にアメリカでコムドを習っていたと言うある韓国系アメリカ人(両親が韓国から移民し、本人はアメリカで生まれ育った人)に私は「ニューヨークには剣道の道場とコムドの道場はどちらが多くあるのか」と尋ねたことがあったが、彼は「半々だね」と答えた。私はこのときに何か危機感を覚えたが、これが現状のようである。つまり、剣道も徐々に「起源をも乗っ取ろうとするコピー文化」として韓国発祥の文化の一部になりつつあるのである。
更に、空手道の起源がテコンドーにあると言うものもいたが、これに至ってはそれぞれ「空手道(松濤館)」、「テコンドー」として確立された歴史を考えれば空手道が先であることは明らかだ。松濤館空手道を手本に崔泓熙氏が創始したとされ、事実、テコンドーの型で空手道の形にそっくりなものもある。私は素人に近いが剣道や空手道の稽古をしてきた。日本人として武道を嗜んできた者として、このことについても憤りを感じる。
城内実先生が人形町サロンで「体育の授業に日本武道を」と主張なさっているように、私も義務教育に武道教育を導入すべきと切望する。中学校などでは剣道史や柔道史など日本武道史にも触れることができれば更に深みが増し、それだけではなく、日本文化を守ることにも繋がるのではないだろうか。
韓国文化についてもう1つ面白いエピソードがある。先日、私が所属するアジア学研究科の先生方(6〜7人)と食事をさせてもらう機会があった。先生方のお一人が台湾出身で料理好きのようであり、その方が料理をしてくれていたようでそこには中華料理が並んでいた。そのおいしい中華料理を頂きながら、先生の一人が「中華料理は一番おいしいですね」、「日本の料理もおいしいですね」などという話になったが、「韓国料理はいかがでしょうか」という話になった。先生の一人が「韓国の料理は韓国独自のものなのでしょうか」とおっしゃったが、他の先生方が「いやいや、あれは中華料理の一部ですよ。中国の地方料理です」とおっしゃり、他の数人の先生もうなずいていた様子であった。つまり、アメリカにおいて、韓国料理独自の部類があるとの認識していない人も多いようである。
他にも「我々は南北統一を望んでいるが、南北統一後に韓国が大国になることを恐れて中国やアメリカが阻止している」などと真顔で話されたことなど、いくつか興味深い話があった。
自国の歴史や文化について誇ることは自然なことであり、また諸外国の偉大な歴史に敬意を払わねばならない。しかしながら、その程度・内容が信用する或いは敬意を示せる限度を超えているならば、逆に大きな疑問が生じることは必然のことである。
しかしながら、よくできたものであると言える。つまり、韓国内にてしっかりとした教育が施されているのである。逆に言うならば、日本も見習うべきところがあるのではないだろうか。日本の歴史教育はあまりにも自虐的であり、いったい何を教えているのか、どこの歴史を学んでいるのか理解しがたい箇所が多々ある。早期に修正されることを願うばかりである。
おわりに
日本で話す日本在住韓国人とアメリカに留学している彼らとは違うものである。日本にも多くの韓国人、中国人がいるが、日本は日本人の「ホームグランド」であり、ニューヨークにいる彼らと比較し軽率に自己の主張をすることができないのではないだろうか。私は決して日本で多くの韓国人、中国人と関わりを持った訳では無く、たまたまそのようなことを話す機会がなかったか、或いはそのような話を聞く機会が無かっただけなのかもしれないが、ニューヨークで話す彼らは日本で話す彼らとは異なる。ここではお互いが「アウェイグランド」で、言わば対等である。ましてや世界中の人種が入り乱れる都市であり、彼らもより積極的に出てくると感じた。
私の通う学校には日本の大学同様に様々なクラブや研究会などがあると聞いている。その中で正式名称は忘れてしまったが、日本文化協会、韓国人学生協会がある。それぞれのクラブに私の友人が属しており、その友人等は共にアメリカ人である。このクラブの存在自体はあまり知られていないようであり、私自身もこちらへ来てしばらくしてからクラブの存在を知った。日本文化協会は私の大学の先輩である日本人の方が設立されたと聞いており、以来人数は少ないけれども日本人学生が所属していたと聞いている。しかし、現在は1人も日本人学生が所属しておらず、所属する15人程度の学生は全てアメリカ人であると聞いている。逆に韓国人学生協会の方は、私のクラスメイトであり友人であるアメリカ人が「私以外の会員は全て韓国人である」と言ったのを聞いたことがある。
そもそも私の学校には日本人学生が殆どいない。その絶対数からして日本人学生同士を見つけ合う、またその協会の存在を知ることは少々困難である。また、それぞれの協会の名前からその趣旨が異なることも十分に分かるが、現に韓国人学生協会にアメリカ人が所属しているので、韓国人でなくても所属できることが分かる。韓国人ばかりであるとその中に入りづらい雰囲気もあるだろうが、韓国に心底興味があるのであればアメリカ人の性格からすると入会するはずであると思うのは私だけであろうか。多数の韓国人に囲まれれば、それこそ韓国人また韓国文化を知る絶好の機会となる。今日では在韓米軍撤退論も浮上しているが、果たしてアメリカ人の韓国人に対する見方はどのようなものになってくるだろうか。これも非常に興味深いものである。
前述の如く本校には台湾人留学生も多くいる。現に私は比較的多くの台湾人クラスメイトを持つことができたせいか、昨年後半は台湾人らと時間を過ごすことも多かった。学内での友人に関しては日本人の友人と過ごした時間よりも多い。中国人、韓国人、台湾人の東アジア人達と多くの時間を費やしてきて、私が相対的に最も共に過ごしやすいのは台湾人であるとつくづく感じる。ここへ来る以前より東アジアで数少ないまともな国として関心が高かったが、ここでの個人的な経験から最近ではその確信を得てきている。先日、人形町サロンに掲載されている中津川先生の『日本政府による台湾への愚劣外交』も拝読させて頂いたが、ただうなずくばかりだった。
余談ではあるが、私の日本人の友人で韓国と台湾の認識があまり無いようでその識別があまりできないものがいた。彼女は私の台湾人の友人らについて、2度、3度と「韓国人の・・・韓国人って・・・」と言い間違えたのに対し、「台湾人に失礼だから間違えるな」と注意したのを覚えている。
これまで周りのこと特に韓国人の実態について述べてきたが、クラスメイトなど私の周りの学生らも、私を見て「日本人とはああいうものである」と感じていること思う。私はくだらない冗談を多数発してきたが、これで日本人の印象を作ってしまっていたら多くの日本人へ謝らなければならない。私の場合はいつも「日本人」という誇り高い看板を背負っている。私も何か行動をする際にはもっと考えねばならず、また、日本人のいない日本文化協会に積極的に協力せねばならないと反省する日々である。 最後に、この体験談をこちらのサイトに掲載させて頂くことにあたり多大なご迷惑をおかけしたことをお詫びしたいと同時に、心より厚く御礼申し上げます。