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「宗教とは何か」ということについて一考察  2007.05.08   

自営業 N・W 氏

 
<略歴>
昭和47年生まれ。
早稲田大学大学院法学研究科修了。
連絡先 n_watanabe_bc660_japan@yahoo.co.jp

 
<編集部注>
今回はHPなどで独自の哲学を展開している方に登場いただきました。
少し難解な言い回しも散見されますが、ゆっくりでいいので最後まで読んでみて下さい。
きっと心に響く箇所を見つけられるでしょう。
この方が管理しているHPは「倶楽部ジパング・日本」http://nozochan.blog79.fc2.com/です。
是非お立ち寄り下さい。

 
 宗教というのは、どんな国のどんな時代の文化論にあっても常に古い問題でありつつ、新鮮でもあり続ける問題です。そして私たちは「宗教」について語っているように思えて実は「宗教団体」についてしか語っていない場合がほとんどであることに注意しなければならないでしょう。これは政治について語ることが得意だという人間が実は、政治団体や政治党派について語っていないことと相似形をなすものと同じというべきです。だからといって宗教学者が宗教の本質について把握しているとはとうていいい難いのです。キルケゴールは宗教学者を「哲学銀行の出納係」と手厳しく批判しましたが、それは「宗教」の核である信仰の問題を純粋客観的に捉えることもまた誤謬であるということを正しく指摘しています。自分の信仰を単に主観的に語ることだけでは宗教を語ったことにならず、宗教を科学的に捉えることもまた誤りであるということに、宗教について語ることの難しさが存在しているといってよいでしょう。
 
 では、そんなふうにいい気になっている私自身が宗教について語る資格があるのかどうか。例えば私自身は、何年か前に或る急性の病であやうく死にかけたのですが、気持ちも実際の様態も「死」を意識しなければならなくなったとき、自分自身は宗教的感情を必要とする気持ちを感じませんでした。宗教的感情の定義も難しいけれど、のたうちまわるような死への恐怖の中でも、少なくとも自分にとって、死後の世界を保証してくれる意味での宗教は不要、であるということを感じてしまった、ということです。私にとっては自分が数十万年も数十億年も目覚めないということへの恐怖感は、どうも宗教の入り口ではなく、哲学思索の入り口のようです。竹山道雄さんが、不意の昏睡体験で、死後の世界の不在を確認したそうですけれど、私にとって、あの数日間の「死」への接近が、宗教体験でなく、逆に「無宗教体験」を形成してしまっている、とさえいえるでしょう。こういう人間は或る意味で宗教人間失格なのかもしれません。しかし私のような感情を体験する人間も存外少なくないのではないか、とも思います。
 
 しかし、「死」と宗教の関係は必然的なものともいえません。例えば儒教の開祖の孔子は、死後の世界について尋ねられたとき、「この現実世界のことさえわからないのに、死後の世界などわかるはずもない」と公然と答えました。では儒教は「宗教」ではないか、というと勿論さにあらず、です。「宗教とは何か」ということについての社会学的定義は何より、戒律をはじめとする現実世界の行為規範をもたらすことにあります。行為規範はモラルと言い換えても良いかもしれませんが、その定義に従えば、血縁や政治を根源的に厳しく規定する儒教も、たとえ死後の世界のビジョンをもたなくても、立派な宗教だということがいえるでしょう。あるいは死後の世界のビジョンというのは、現実世界の行為規範を成立させるための一条件に過ぎないということになります。こう考えると、宗教の範囲はぐっと広がるような気がしてきます。そして「死」の問題でなく、「自由」の問題こそが宗教の問題の本質であるというロジックが成立する、ということもいえるでしょう。行為規範の問題は「自由」を拘束するものだからです。私達は自由を多く得れば得るほど、その大き過ぎる自由に不安を抱かざるを得ない存在なのですけれど、その不安というのは、「不自由への欲望」というものが実は私達の本能であるということの証です。国家も家族も結婚も最初から「不自由への欲望」を満たしてくれるものではありません。しかし宗教は最初から私達を「不自由」においてくれる。だからこそ「不自由への欲望」という不安がなくならない限り、21世紀になろうが22世紀になろうが、私達の世界から「宗教」というものはなくならない。これが私にとって、宗教というものを考えるときのスタートラインです。私達は「自由―不自由」の預け場所を必要としなければならない、ほとんど存在論的必然といっていいくらいの宿命を背負っています。言い換えれば、私は宗教に関して、それ以外のことのほとんどに問題意識というものは存在しないと思っています。どんな宗教団体が私に死後の世界の保証を説いても、私自身には全く響かないのですね。宗教人間失格の可能性が高い私にとって、「宗教とは何か」という問いは、「自由とは何か」という問いと重なる、という風にいうことができるでしょう。
 
 しかし「自由―不自由」の預け場所として、私達の存在論的必然とともに宗教がこれからも共存していけるかというと、とてもそんなことがいえそうにないのもまた、周知の通りです。「宗教感情」と「宗教団体・教義」というものを区別して考えれば、後者の意味での宗教はもはや宗教の体をなしていないのではないか、と思えるほど、私達の「自由」のサイズに合ったものに変貌してしまっているのは如何ともしがたい現実といわなければならないのです。人生の根本的な意味を考えることは別の意味で人生ゲームの指針を与えるに過ぎない自己啓発セミナーが、あるいはネズミ講という資本主義世界でのマネーゲームを悪質に教えるに過ぎないグループが、突然宗教団体化してしまうことがあります。国家転覆を目論んだ例のカルト教団も、ヨガ道場という健康指導の世界から生まれてきたものです。果たしてこのようなものが宗教なのか、という問いが自然と涌き上がるのを避けられません。確かに自己啓発セミナー教団はごく限られた意味での人生の「規範」を与え、ネズミ講教団は拝金主義という「規範」をそれ自体では隙のないような説得術で教え、ヨガ道場は健康という唯物論的規範を教えてくれます。しかしどう考えても、宗教として何かが根本的に欠如しているといわざるを得ないのです。そこにはあまりにも私達の「自由」に一致してしまっている宗教があります。自由のサイズに合い過ぎた宗教は、不自由もまた私達の求める「不自由のサイズ」に合ったものになる、という奇妙なパラドックスを惹き起こしてしまう。自由も不自由もサイズが予め定まっているのだとしたら、それはもはや「宗教ゲーム」といわなくてはならないでしょう。規範の有無とは別に、「根源的でない」ということが、私達が宗教を語るときの欠如感を大きくしてしまう。これが大多数の宗教の現実だということができるでしょう。
 
 勿論、中世ヨーロッパの果てしなく不毛な神学論争も或る種の宗教的観念ゲームであり、免罪符を販売したカトリック教会も世俗のマーケットと無縁であるというわけではありませんでした。しかし既存の宗教が世俗化することと、世俗的な要求そのものから宗教が生まれることとは全く違います。それを混同して、宗教には何でも許される、と考えるとき、過去の世界の宗教者を唖然とさせるような「軽さ」が、宗教に、取り返しのつかない歪みを与えてしまう。私の知己で、とある宗教団体に入信した人間がいて、涙ながらに信仰について語る人間がいました。私は、狂信とはこのようなものか、と何つくづく感じました。しかしその実、狂信よりももっと私達に身近で恐ろしいものがこの彼の中にあることに私は気づかされることになります。宗教的説教とは別の時間、たまたま他の用件で居合わせた彼に、以前聞いた(聞かされた)説教の内容について、突然質問したくなったときのことです。私の質問に対して、彼は何気ない口調で「今は宗教バージョンの私ではありませんよ」といいました。驚いた私の「宗教バージョンとは?」という質問に彼は、いったいどうしたのですか、という表情で「別の人間ということですよ」といってきたのですね。答えられない、ということではありません。答えられない質問をするとき、宗教的説教をしているときの彼ならば、泣き叫ばんばかりの表情をして私をあわてさせる、彼はそういう狂信的人物でした。そこには偽善者の顔というものすら存在していませんでした。偽善者は自分で「偽」とはいわないからですね。自分の中にフィクションとリアルの二面が存在していて、自分はその二つを区別している。宗教を信じているときの自分がリアルである、ということを彼はいいたかったのでしょうが、そんなことをいうこと自体が、フィクションとリアルを混同していることに他ならないのですね。私は驚くとともに、或る種の狂気というものにまで行き着いてしまった宗教的世界の「軽さ」を、生々しく垣間見てしまったような気がしました。規範の質が問題にされなければならないとしても、規範の有無だけで考えてしまえば、こういう「宗教」の形もこれからはあり得る、ということになるでしょう。「ゲーム」が規範を果たして与えないか、ということを考えれば、決してそうともいい切れないのですね。
 
 「不自由への欲望」は確かに宗教の本質かもしれませんが、自由や不自由が、マーケットやゲームの水準の軽さをもってしまっては、人間や世界の始原に立ち返らせるという宗教の性格を、ほとんど無意味なものにしてしまう、ということなのですね。規範の有無は宗教の成立する必要条件ですが、自由の問題はその必要条件を成立させる条件というべきものではないでしょうか。極大化された「マーケット」や「ゲーム」の自由といえども「死」という絶対的不自由に屈せざるを得ないということ、つまり、宗教は「死」という「自由」或いは「不自由」の問題を説明し、「死」という「自由」或いは「不自由」の意味を会得するものでなければ、自由を拘束できる重さも、不自由への欲望を満たす重さも成立しないのですね。「使い分け」を演じてきた私の知己の宗教的行動は、「不自由」への欲望がその場限りでその度に癒されるということにおいて、或る種の消費的行為の様相を帯びていましたが、「死」というものにまで追求された自由と不自由は、消費ということでは理解できないものを残している、というべきなのでしょうね。勿論「死」は純粋に個人的経験であり、完全な意味での未来的経験である、という難しい意味をもっているのですけれど、自己啓発セミナー教団も、ネズミ講教団も、「不自由の欲望」の実現の場があるのみで、その欲望は少しも「死」の問題へと昇華はされていません。やはりこうした現代のいろんな宗教団体は、少しも宗教的とはいえないのでしょう。
 
 もしかしたら、教団や教義の形での宗教には、これからは何も期待できないのかもしれません。しかし私には、どのような時代になっても、私達(日本人)が「宗教」を失わないという確信があります。ドストエフスキーは「凶悪犯に殺される被害者といえども死の寸前まで自分の生の存続をどこかで疑わず、どこかで死を信じていない」と『白痴』の中で或る登場人物を通じていいましたが、病の中で瀕死の状態にあった私も、確かに自分の死を信じ切る、ということまでには達しませんでした。ドストエフスキーの言葉を裏返せば、確実な時間に訪れる「死」こそが、最も残酷である、ということになるでしょう。死刑囚の最後の数日間が人間性の極限を示さざるを得ないのは、確実に訪れるその「死」の残酷さ故ですね。どのような形であれ、私達は執行間近の死刑囚がどこそこに宗教に入信することを批判するモラルを有することはできません。彼らが有してしまった、私達の日常からは想像できない明晰が、私達を畏怖させるからですね。だからといって、「確実な死」と宗教団体的な意味合いにおける宗教との間に必然的関係がある、ということにもなりません。例えば、神風特攻隊の青年が直面した「死」もまた確実な時刻に訪れる「死」の物語だった、ということができます。死刑囚は自分の罪を自覚し尽くすという論理的に自分の確実な死を納得できる可能性をもっていたのかもしれませんが、特攻隊の青年達には、そのような論理的世界への道は塞がれていた、といっていいでしょう。浅はかな平和主義者は、彼らを皇国教育が追いつめたのだ、といいますが、戦前教育や軍隊教育が、彼らに最初から確実に死ななければならない術を教えていたといえば、それは事実に反するといわなければなりません。神風特攻というのは敗戦までの10ヶ月の間だけ採用されていた戦法であり、決して日本軍の正攻法ではないのです。まして一般人を巻き込むイスラム教に自爆テロリズムと同視するなどは言語道断です。しかし、正攻法から全く引き離された彼らのほとんどが、宗教団体を信じることとは別に、確実な「死」というドストエフスキー的状況を抑えることができたのは、一体なぜなのでしょうか。言い換えれば、神々しいほどに達観したであろう彼らは何をみることができたのでしょう。
 
 私は常日頃から、目の前でどんな侵略が行われても、何一つ抵抗しないガンジーの非暴力主義は或る種の「狂気」だけれども、その「狂気」を「正気」へと戻してくれるインド的なものが彼にはあった、と思っています。私はそれが神風特攻の青年達の「狂気」に関してもいえるのではないかと考えています。小林秀雄さんは「死を明日に控えた特攻隊の青年達をもし目の前にすれば、私達は言葉を失ってしまうでしょう」といいましたが、その「言葉にならない何か」という感情を解き明かすことこそが、私達日本人の宗教感情を解き明かすことになるといえましょう。彼らが日本人の歴史の中で最も美しい人達であった、ということに、私は何のためらいもなく同意します。しかし、彼らがどうして美しくあり得たのだろうか、ということはよく考えなくてはなりません。神風攻撃の青年達は、哲学的・思想的教養を身につけたエリートが比較的多く、確実な「死」が完全な「無」であるという認識にたっていた可能性は高いと思います。私は自分の「無宗教体験」が永遠の「無」を意識したものだった、といいました。しかし、「無」ということも、それが概念であり言葉である以上、何も表現できないもの、ということにはなりません。もう一度件思い出してみて、この世界のどこかに、自分というものが物質的に存在していくのだろうなあ、という感覚もあったように思えてきます。死後の自分の在り方を物質的に信じる、というのは確かに無宗教的ではありますけれど、しかし、完全な無宗教かといえば全くそうではない、といえるように思えてきています。ある宗教学者が「この空気の中にある美しい何か」ということが、日本人の宗教観の根本だ、といいましたけれど、私が信じた死後の私の物質を、「自然」や「時間」と読みかえれば、理解しにくいといわれる日本人の宗教性が、決して多弁を弄さない形で明らかになってくるような気がするのですね。小林秀雄さんは続けて「死」は私達日本人にとって帰る場所である、という風に表現していますけれど、この場合の精神性というものは、ほとんど宗教性と換言してもいいでしょう。同氏は繰り返し、日本人ほど宗教性の強い民族はいないと喝破しますが、私はその意見に心底同意できます。
 
 「日本人に宗教はあるのか」という質問が投じられれば、何のためらいもなく「ある」ということでしょう。しかし、「では、どのような宗教を信じているか」と問われれば、たちまち戸惑わざるを得ません。「ある」、「信じる」という言葉について、どのような了解が成立しているのか確認しなければならない、ということでしょう。宗教に関しての諸概念も同様です。ニーチェは「つきつめて考えれば、キリスト教徒は、ただ一人しか歴史上存在しなかった。その人物はゴルゴダの丘の十字架で死んだ。そして福音の言葉も十字架で死んだのだ」といいましたが、教団と教義という、宗教感情とは実は最も矛盾して存在しなければならないものを有しないで宗教が成立し得る私達の国の宗教感情をニーチェが生前知ったら、どんな風に思うでしょうか。教団も教義も、いろんな了解を前提にして私達は宗教について議論しているという不自由のもとにある、というところですね。日本人の宗教心というテーマ一つとってみても、私達は優等生然とした人ほど、例の知己の人物のように自分達の「自由」のサイズの範囲から逸脱した議論をできない不自由を抱え込んだまま、「宗教」という言葉に直面しているのが現状です。言葉の了解や確認をしないまま、どこそこの宗教団体のちっぽけなマーケットやゲームに躍らされて、宗教を消費し、その消費を他人に強制しているという消費さえ演じているのですね。彼らは結果として、日本人の宗教性の相対的特異性を理解できないようになってしまっています。これは他人事ではないかもしれませんが、嘆かわしいことだと思います。

 

 
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