平成19年8月20日から31日までに筆者が経験した出来事は、決して忘れられないものになるであろう。
先ずは以下のニュース記事をご覧いただきたい。ヤフーニュースに掲載された、8月21日10時21分配信(産経新聞)の全文である。
| 被害の女子高生が携帯で撮影、痴漢で国士舘大講師逮捕 (産経新聞より) |
電車内で痴漢をしたとして、埼玉県警大宮署は20日夜、県迷惑行為防止条例違反の現行犯で、栃木県小山市間々田、国士舘大非常勤講師、野村高将容疑者(34)を逮捕した。
調べでは、野村容疑者は20日9時20分ごろ、JR埼京線北戸田―大宮駅間下りの通勤快速電車内で、右隣に立っていたさいたま市の私立校2年の女子生徒(16)の下半身を触った疑い。
女子生徒が犯行を携帯電話のカメラで撮影。野村容疑者に「あなた痴漢したでしょ」と声をかけ乗客と取り押さえ、日進駅で駅員に引き渡した。野村容疑者は酒に酔っており、「身に覚えがない」と否認しているという。 |
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ちなみに、日進駅とは埼京線で大宮より一つ川越よりの駅である。
結論から先に述べれば、筆者は嫌疑不十分で不起訴となり、8月31日に釈放された。このことは各メディアで紹介されているし、名誉回復の応急処置だけは済ますことができたといえよう。
筆者が不起訴となったことを受けて、ネット上では様々な意見が飛び交っているようである。ある人曰く「女子高生を訴えろ」、ある人曰く「警察は怪しからん」、ある人曰く「寝ていたことは落ち度である」、ある人曰く「誤解されるようなことがあったのであろう」などなど。とにかく、上記記事(ちなみに、筆者が調べた限りでは、この産経の記事が一番警察発表に忠実な記事である)だけを読んだ読者は筆者のことを破廉恥な男として認識しても仕方ないし、不起訴となったことがわかった今でも、事件の真相がどうであったかまではわからないであろう。
そこで今回、人形町サロンの紙面を借りて、事の顛末を皆さんにご報告いたすべく、拙い文章を認めた次第である。なお、本稿を執筆するに当たり、筆者の父と叔父が平成19年9月12日、筆者は同年9月18日に大宮署を訪問、生活安全課長の熊谷警視に取材をしたことを前もって告げておく。
平成19年8月20日、筆者は日頃お世話になっている世田谷区在住の某教授と新宿で待ち合わせをし、二軒ほどハシゴをして9時前同教授とわかれた。筆者の自宅はJR宇都宮線間々田駅を最寄り駅としており、埼京線で赤羽まで行き、そこで乗換をする予定だった。新宿から帰宅する場合は、いつもそのルートである。しかし、当日の夜に限っては新宿から乗車後、不覚にも直ぐに寝入ってしまった。吊革を握り、立ったまま寝入ってしまったのである。ちなみに、筆者が飲んだ酒量は一軒目がビール1本(二人で)と紹興酒1合ほど、二軒目のショットバーでラム二杯、ジン一杯であった。このことは教授が警察に証言した内容と一致している。この程度の酒量で酔い潰れたわけではないが、当日は不思議と直ぐに寝入ってしまったのである。このことが結果的に筆者を不幸のどん底に陥らせた。ちなみに、乗車する前の記憶は概ね完璧であり、別れ際にその教授から1万円札を胸ポケットに入れていただいたことも覚えている。日頃の御礼の意味で立ち寄った二軒の支払を受け持った筆者に気を遣い、帰り際に一万円札をポケットに入れてくださったのである。
乗車後、どのくらい時間が経過したであろうか、なにやら筆者に話しかける声が聞こえ、筆者は目を覚ました。その時、電車は動いていたが、どこら辺を走っているかはわからなかった。随分目をつぶっていたせいであろうか、未だ目の前がぼんやりしている時に「あなた痴漢しましたよね」と言われたのである。その発言直後は、一体何が起こっているのか状況が把握できず、狼狽してしまったことを覚えている。筆者が被害者とされる女子高生の存在を初めて認識した瞬間である。
その内、筆者の付近にいた乗客(若い茶髪の男性)が「どうしたのですか」と声をかけ、女子高生が「痴漢されたのです」というようなことを言い、「では一緒に警察に行きましょう」ということになった。筆者は動揺の中にも、どうやら痴漢と勘違いされているのだということがわかった。それでも筆者にしてみれば何ら身に覚えがないことであり、相手も若い女性である(ちなみに、その娘が16歳ということは翌日の刑事取り調べで初めて知らされた)。とにかく、何かの間違いであろうし、そんなことで電車内で騒ぐのは見苦しい、警察に理性をもって説明すればきっとわかってもらえると思い、女子高生に「あなたも一緒に警察に行くのですね」と尋ね、同意したため、警察に行くことにしたのである。
そして、筆者を真ん中にし、右に被害者、左に乗客の男性という位置取りで一緒に席に座り、次の駅(日進駅)で下車したのであるが、その席上、その男性が筆者の左腕をつかんだのである。この茶髪の男性こそが、先の記事で筆者を「取り押さえた」とされる乗客である。決して、その男性に突き出されたのではないことを述べておきたい。
(注)
熊谷課長の話によれば、女子高生が車内で筆者に声をかけた時刻が21:31である。この時刻が逮捕時刻であるとの由。ちなみに、筆者が乗車した電車は新宿発21:00の通勤快速であり、女子高生が被害にあったと主張している武蔵浦和駅には21:22、大宮駅には21:30に到着していることがわかった。筆者が下車した日進駅には21:36に到着している(時刻表により)。
http://www011.upp.so-net.ne.jp/straysheep/column/tikanenzai.html これをクリックしていただければ、痴漢と誤解された際の法的な対処法が書いてあるし、「痴漢えん罪ネットワーク」というサイトがありhttp://www.rikkyo.ac.jp/~araki/chikanenzai/ えん罪被害者を支援してくれているようであるが、もちろん、このような存在を知ったのは筆者が釈放された後である。周防監督の「それでも、ボクはやってない」を観たのも釈放後のことである。
日進駅に到着した。ちなみに、下車した駅が日進駅であることは、下車したときに初めて知ったのである。つまり、彼女に声をかけられた、換言すれば、筆者が目覚めたのは大宮駅を過ぎた時点であった。
日進駅で駅員に駅内の部屋に通され、警官が来るまでしばし待機していた。間もなく警官がやってきて、筆者は大宮署に向かうことになった。その後のことは今思い返しても不快極まりないものであった。数人の刑事に囲まれたのであるが、先ず黙秘権と弁護士の件を告げられた。このときに最初から弁護士が来るまで黙秘という手段もあったようだが、筆者にしてみれば逆にちゃんと調べてもらいたいという考えであったから、彼らの質問に全て誠実に答えた。身元も包み隠さず明かした。
しかし、彼らの予断は凄まじく、最初から筆者が痴漢犯であると断定しているのである。その内、代わる代わる刑事が部屋に入ってきて、恐らく延べ10人程度から取り調べられた記憶がある。尋ねる内容は同じであり、よって、同じ内容の答えしかできない。刑事の中には、「手の甲で触っても痴漢は痴漢だぞ」、「言ってろよ、言ってろよ、そんなこと(否認)言っていると1年でも2年でもここにいることになるぞ!」と相当威圧的な態度で筆者に臨む刑事もいた。筆者はこの無礼者の顔を覚えている。
(注)
熊谷課長の話では、日進駅から110番通報があった時間は21:39。刑事が日進駅に到着したのが21:47。筆者を現行犯人であると認めたのが22:01。大宮署に着いた時間が22:12である。
そうした押し問答が3時間以上続いたであろうか、頑として痴漢容疑を認めない筆者に根負けしたのか、刑事たちはとりあえず筆者が否認しているという内容の調書作成にとりかかった。筆者は作業を眺めていたのであるが、その時、筆記している刑事の誤字を視認、直ちに指摘、その刑事も誤字を認め、訂正印(指印)を押した。そして、服を脱ぎ身体検査をされ、遂に手錠をはめられたのである。
筆者は一貫して容疑を否認してきた。よって、手錠をはめられる理由がわからなかった。ちなみに、筆者は何時何分に逮捕云々という告知を受けた記憶がない。記憶にあるのは、年配の刑事が「すでに逮捕されちゃっているのだから」と述べたことだけである。ただし、当夜10時半頃、筆者の自宅にウエスギと名乗る刑事から「お宅の息子さんを痴漢の現行犯で逮捕した」との連絡があったようではある。その時刻は、筆者が詰責されている真っ最中である。
初日の取り調べが終わった。筆者も疲れてきた。時間はもう真夜中である。看守が筆者を取調室以外の場所に誘導した。そこが留置所であった。この時点で筆者は274番と呼ばれることになる。留置所内では苗字を呼ばれることはない。呼ばれる時は番号である。
もちろん、留置所に入るのは初体験である。こうして、よく意味のわからないまま、筆者の留置所暮らしが始まったのである。「もう12時を過ぎているから静かに。今の時間は便所の水は流れないからな」と言われたことを覚えている。筆者が10日間過ごした所は1階の4室といわれる所で、雑居房であった。筆者が釈放に至る10日間を一緒に過ごした同居人3名は既に寝ていた。
ここで冒頭に紹介した記事を再度ご覧いただきたい。「野村容疑者は酒に酔っており」と書いてある。この記事は警察発表通りのものであろう。当日、確かに筆者は酒を飲んでいたが、泥酔していた事実は全くない。その証拠に、新宿で一緒に飲んだ某教授が筆者は「普通に帰った」といったような証言をしてくれているし、刑事の誤字を直ちに指摘できる位に頭が機能していたことも重要であろう。もう一つ、これは後に雑居房の同居人に教えてもらったことなのだが、仮に筆者が泥酔していたのであれば、警察は決して雑居房には入れない(独居房に入れる)ということを挙げておく。もちろん、翌日も二日酔状態ではなく、朝食もおいしくいただいたことも記しておく。にもかかわらず、この記事だけを読めば、あたかも筆者が泥酔して前後不覚になっているかの印象を読者に与えかねない。もしも筆者の知らない誰かが上記記事の如く報道されたのであれば、筆者もその加害者を「とんでもない奴だ」と思うであろう。
(注)
筆者は逮捕時刻を告げられていない。熊谷課長の話では、常人逮捕(私人による現行犯逮捕)では、被疑者に逮捕時間を告げない場合もあるそうである。それも困ったことである。筆者は任意の聴取のつもりで大宮署に行ったのである。
朝になり留置所に電気がついた。筆者にしてみれば留置所暮らし2日目である。そこで初めて同居人の顔を見た。筆者は彼らに挨拶をした直後、誰でも関心があるであろう質問を受けることになった。
問:「何をしたの?」
答:「何もしていないのですが、痴漢容疑でここにきました」
「ふーん」と言われたきり、それ以上何も聞かれず、留置所内でのルーティンワークが始まったのである。
留置所内にはカレンダーはおろか、時計さえもない。よって正式な時刻はわからないのであるが、恐らく午前10時半頃であろうか、看守に声をかけられ、取調室に向かった。取調室に入る前には手錠をはめられ、胴体を紐で縛られるのである。
取調室の前で、昨夜は見かけなかった刑事(酒田という苗字)に「二日酔いはしてない?」と尋ねられ、「していません」と答える。そして取調室に入れられ、そこで手錠をはずされ、椅子に腰掛けた。
刑事は先ず、黙秘権のことなどを告げた。筆者にすれば、よく調べてもらいという立場である。黙秘権を行使する理由はない旨を告げると、刑事はタバコに火を付け、筆者を睨みながら「何であんなことをやったんだ」とドスの効いた声で尋ねたのである。以降、概ね以下のようなやりとりがなされた。
| 筆者: |
あんなこととは痴漢をしたということですか?昨日も述べたように、全く身に覚えがありません。 |
| 酒田: |
(太ももを叩きながら)そんな言い分は通用しない。 |
| 筆者: |
でも、本当に身に覚えがないのです。 |
| 酒田: |
あんたなぁ、もしあんたに娘がいて、知らない男に痴漢されたらどう思う? |
| 筆者: |
それは酷いことなので怒るでしょう。 |
| 酒田: |
そうだろう。あんたはそういうことをやったんだ。 |
| 筆者: |
全然身に覚えがありません。 |
| 酒田: |
そんなことは通用しないんだって。よく思い出してみろ。 |
| 筆者: |
そういわれても・・・。 |
| 酒田: |
俺らは経験上、女の顔を見れば、本当のことを言っているのか、嘘を言っているのかわかる。あの女は嘘を言うような女じゃない。 |
| 筆者: |
でも、僕は寝ていて、乗り換えしなくてはならない駅も寝過ごしてしまっていたのです。その娘に起こされた以降の記憶しかないのです。寝ていた僕が痴漢などするわけがないでしょう。 |
どの辺りで筆者が痴漢行為をしたなどの具体的な話はでてこない。とにかく、刑事の口から出てくるのは「よく思い出せ」、「そんな言い分は通用しない」である。そんなやりとりがしばらく続いた後、刑事から「明日、検事さんのところに行くことになると思うけど、その時に検事さんがあんたの生い立ちなどを知りたがっていると思うので、その調書をとりたいのだが、応じるか?」と尋ねてきた。筆者はそれに応じ、出生から現在に至る過程や家族構成などを供述しだした。その内、昼休みになり、筆者は取調室から解放された。
午後になり、再び取調室に連行された。すると、刑事の口調が一変しているのである。筆者の呼称も「あんた」から「野村さん」になっていた。午前中の供述調書作成の続きをやるのかと思ったら、違う手続きがあるからと、取調室にある椅子に腰掛けるわけではなく、別の部屋に連行され、そこで指紋の採取、身長測定、顔写真を様々な角度から撮られるなどのことを経て、再び取調室に連行された。そこで供述調書の続きを作成したのである。
その作成も終わり、刑事から「でね、本題に戻るけど、主張は午前中と変わらないの?」と尋ねられる。「もちろんです」と答えると、刑事は「あのね、検事さんは相当強烈な証拠を握っているみたいよ。あんな証拠があるにもかかわらず否認なんかしていると、『こいつ頭がおかしいんじゃないか』と思われるよ」と述べた。筆者にすれば、その時は冒頭に掲載した記事のことは知らない。ちなみに、留置所では新聞を読むことが可能であるが、被留置人の関連記事は切り抜きされている。つまり、どんな証拠があるのかを知らなかったのである。でも、全く身に覚えがないことであったので、「そうですか」とだけ答えた。
その晩のことである。筆者の父の縁故で依頼した弁護士が接見に来た。そこで筆者は逮捕当日の状況を説明し、容疑を否認していく旨を述べ、今後筆者に起こるであろう刑訴法上のスケジュールや、明日の検事調べでどのようなことを述べればいいのかなどを尋ねた。また、明日(22日)、やはり新宿で待ち合わせをしていた某議員に、やむを得ぬ事情で明日は会えなくなった旨の伝言を頼んだ。
一通り質問が終わった後、冒頭に記載した記事を弁護士から示された。そこには筆者の実名と住所、勤務先が書かれており、女子高生が犯行を携帯電話で撮影しているとも記されていた。ちなみに、筆者は「職業は何か」と問われれば、たいていの場合「会社員」と答えている。国士舘大学での講義は週に1コマだけであるし、国士舘大学から得る収入も本業とは比較にならないくらいに低いからである。にもかかわらず、産経の記事には大学のことしかでていない。この辺りがマスコミの性癖なのであろう。
弁護士の関心は撮影された「証拠」がどのようなものであるかである。筆者としては写真を撮られた覚えはない。よって、弁護士は写真ではなく、ムービーではないかと思ったらしい。全く身に覚えがないとはいえ、ただでさえ有罪判決がだされる可能性が高い事案である。仮に、筆者が被害者の尻を撫で回すようなムービーが出てきたら、痴漢ではないと主張しても裁判所は認めてくれない可能性が強い。心が揺れた瞬間でもあった。
逮捕から3日目、筆者は地検に連れて行かれた。当日、大宮署から地検に行ったのは6名、その6名が手錠に太い紐を通され、要は「汽車ポッポ」のような格好で歩くのである。筆者は刺青姿の方々と共に「汽車ポッポ」をしたのである。もちろん、大宮署の前を通る一般通行人に我々の姿をさらすことになる。筆者は「岸信介や河野一郎らがかつて体験した屈辱もこんなものであったのであろう。彼らと同じ体験が出来るのも中々趣があるではないか」と自分に言い聞かせ、自らを慰めるしかなかった。
検事調べは一日がかりである。別に取り調べが長いというわけではない。待ち時間が長いのである。実際に、9時前に出発した我々が留置所に帰ったのは午後6時半頃である。遅いときは午後9時を過ぎる場合もあるらしい。取り調べを待つ控え室では私語を禁じられている。つまり、ほぼ半日間、堅い椅子に座りながらひたすら待つのである。
さて、検事調べである。筆者は、刑事には何を言っても無駄だと悟ってしまったが、検事には淡い期待をかけていた。間もなく、その期待は裏切られるのであるが。
尋ねられた質問に答えると、「それは余りにも都合のいい言い分ではないですか」と言われる。検事が作成した調書を読むと、筆者を有罪にしようとする魂胆が丸見えであった。この前日、弁護士から「最初に自白してしまうと裁判でそれを覆すのは困難である」と告げられていたため、筆者は粘り強く調書の修正を求め、いくつかの点で修正を勝ち得ることができた。しかし、退出間際に言われたのが「ようく思い出してもらわないと困る」であった。その時は「この人も刑事と同類だ」と感じた。筆者が高裁までの法廷闘争を覚悟した瞬間でもあった。それにしても、刑事と検事が使用する「思い出せ」は「こっちの思惑通りに自白せよ」と同義語であると解釈せざるを得ない。
その後、判事と面接があった。筆者を10日間勾留すべく、申請が出ているからである。筆者は判事をみて憂鬱になった。なぜなら、女性判事であったからだ。仮に起訴され、この判事が判断するのであれば、筆者に有利とはいえないと感じたのである。
夜、留置所に到着。夕食後、弁護士が接見に来た。その日の状況を報告し、家族の反応や地元紙(下野新聞)の報道振りはどうなっているのかを尋ねた。特に、病み上がり(退院したばかり)の母の様子が気がかりであったので、その辺りを弁護士に尋ねた。また、報道で大学の名前が出た以上、大学に迷惑をかけてはならないと思い、弁護士を通じて辞表を提出してもらうよう依頼、同時に、筆者の勤務先にも進退伺を提出するよう依頼した。筆者の無実が判明するまでには相当の期間が必要だと考えたからである。
8月23日、この日の取り調べはなかった。午後であったろうか、筆者の父と兄が面会に来た。筆者も心持ち緊張をしたが、元気にしている顔を早く見せたいとも思った。筆者は「絶対に痴漢行為はしていない」と強く伝えたところ、家族からは、「親戚もご近所もみんなお前のことを信じているから気にするな。とことん戦うように。弁護士費用だって気にするな。お母さんも元気にしている」と声をかけられ、少し安心した。
筆者は兄に筆者が抱えていた仕事上のスケジュールを伝え、それらを全てキャンセルせざるを得なくなった旨の連絡をしてもらうよう伝えた。
8月24日、この日も取り調べはない。叔父が面会に来てくれて、筆者を励ましてくれた。筆者も、無実であることを述べ、裁判になったとしても勝てるであろうとうそぶいてみせた。
8月25、26日は土日であり、やはり取り調べはなかった。
8月27日、昼頃であろうか、父が面会に来た。留置所の様子を伝え、ここ数日取り調べがない旨を伝える。父は「おかしいな」と言っていた。父に読み応えがある本と長袖のシャツを差し入れてくれるよう依頼する。極論すれば、留置所は「食うか寝る」しかすることがない場所である。取り調べと食事時間以外は基本的に自由時間であり、被留置人のほとんどが昼寝をしたり、漫画や雑誌を読んで時間を潰すことになる。読みたい本がなければ差し入れてもらうしかない。筆者は父に文藝春秋ほか2冊の本を差し入れてもらった。
次に長袖のシャツであるが、留置所は一日中クーラーがついている。そのせいであろうか、留置所生活三日目辺りから喉と鼻の風邪にかかってしまったのである。実際に、この長袖は役に立った。
父が留置所を去り、午後3時半頃であろうか。看守が取り調べを告げ、取調室に向かった。担当は前回と同じ酒田刑事である。ここで筆者は再度、逮捕当日の状況を時系列的に尋ねられ、何度も話したことを繰り返し答えた。異なった質問といえば、当日、筆者が電車内のどこら辺に位置していたのかという程度であった。刑事の態度は逮捕翌日の午前中とは異なり、すっかりフレンドリーであった。他人の心中を忖度するのは恐縮であるが、この刑事は筆者を「もしかして痴漢はしていないのでは」と思っているようにさえ感じ取れた。
そういう感じであったため、筆者も積極的に刑事に質問した。
| 筆者: |
刑事さんは女子高生のことを「嘘をつくような女じゃない」と言ったけど、10時近くになっても家に帰っていない16歳って、素行不良じゃないですか。 |
| 酒田: |
うーん、まぁ11時を過ぎたら補導することになってはいるけどね。それに埼玉の学生は東京の学校に通う人も多いから、そうなると遅くなる場合もあるよね。 |
| 筆者: |
あの娘は当日私服でしたよね。 |
| 酒田: |
今は私服の高校もあるからね。あの娘の高校がそうであるかはわからないけど。 |
| 筆者: |
痴漢の件ですが、もし僕が痴漢ならば、乗り過ごした上に、被害者に起こされるようなヘマをするわけないと思いますが、その辺りを合理的に説明できますか。痴漢をした後、泥酔して寝てしまったということですか。 |
| 酒田: |
だからよく思い出してって言っているの。あっ、でもね、野村さんの息からでた0.68という数値は、泥酔寸前と言われても仕方ないんだよ。 |
| 筆者: |
それは個人差があるでしょ。僕は現に刑事の誤字をその場で指摘できたくらいしっかりしていたでしょ。それに、泥酔していたら雑居房に入るはずないでしょう。 |
| 酒田: |
そりゃそうだよね。確かに、当日調べた刑事からは「意識はしっかりしていた」と聞いているけどね。 |
| 筆者: |
刑事さん、ぶっちゃけた話、「決定的な証拠」なんかないのではないですか。 |
| 酒田: |
いやぁ、俺が直接みたわけではないんだけど・・・。 |
筆者が自信を深めた瞬間でもある。例えばムービーなどの文字通り「決定的な証拠」があるのであれば、それを突きつけて「これでも白を切るか」で終わりのはずであるからである。ちなみに逮捕当夜、筆者の手に女子高生がはいていた服の繊維が付着していたかという検査はされていない。
8月29日、午後2時前であろうか、取り調べがあるということで取調室に連行された。そこにいた刑事は今までの刑事とは違った人物であった。酒田刑事の上司であろうか、50過ぎといった感じの刑事であり、筆者が逮捕翌日の午前中、酒田刑事からの取り調べが終わった後に取調室にやってきた刑事である。その時、酒田刑事はその刑事に「駄目です(自白しない)」と報告したのを覚えている。留置所にいるときには、その刑事の名前はわからなかったが、後日、竜川という係長であることを熊谷課長から聞いたので、以後、この刑事を竜川と呼ぶ。
竜川刑事は先ず、「お父さんはなんて言っている?」と尋ねたので、「『時間も費用も気にしなくていいから納得いくまでやるように』、と言われています」と答えたら、「そうか」とだけ述べた。
それから竜川刑事は筆者の当日の行動を尋ねた。逮捕以来、何度も聞かれた質問である。筆者は逮捕当日一緒だった某教授と知り合った経緯や、何回くらい会っているのか、当日の酒量なども聞かれた後、「ではその先生に聞いてみるからな」と述べた。「おいおい、まだ聞いていなかったのか!」筆者は愕然とした。逮捕から既に一週間以上経過しているのである。そんなことも未だしていなかったとは恐れ入谷の鬼子母神である。
竜川刑事は筆者に以下のような質問もした。
「いま恋人はいるのか」、「女に興味はあるよな」、「セックスがしたいとも思っているよな」、「いや、これは誰にでも質問することだから気にするな」・・・。何たる下品な男であろうか。酒田刑事はこのような質問はしなかったし、逮捕当夜の刑事も然りである。竜川刑事はこれらの質問から犯行とリンクさせようと誘導しているのであろう。こんな三文芝居を平成の御代に観ようとは夢にも思わなかった。
(注)
熊谷課長の話によれば、性犯罪の場合、誰にでもこれらの質問をするとの由である。ただし、酒田刑事や他の刑事からはこのような質問はされていない。つまり、大宮署では竜川刑事こそが刑事の手本ということであろう。それにしても、この質問の意義は何なのであろう。筆者の想像通りなのであろうか。大宮署長、是非とも教えてほしい。
一通り説明した後、竜川刑事は「で、肝心のところは今まで通りっていうわけか」と言うので、「そうです」と答えると、彼は語調を強くし「これだけははっきり言っておくぞ、中には被害者面して男をハメようとする女もいるけど、あの女はお前を陥れようとするようなズベじゃねえぞ!」と述べた。筆者は心の中で「何を言ってやがるんだ、それはお前の主観だろ。ちゃんと捜査したのかよ」と嗤ってやったことは言うまでもない。ここで紹介した竜川刑事の言動は、彼の後ろに見習刑事であろうか、若い男がいたので、その男が証人となるであろう。
(注)
女子高生への事情聴取について、筆者は熊谷課長に以下のようなことを質問し、課長は概ね以下のように答えた。
| 筆者: |
女子高生への事情聴取は何時までしたのか。 |
| 熊谷: |
被害者の場合は何時まで聴取したという記録を残さないが、普通ならば3時間は聴取する。 |
| 筆者: |
その娘から以前も痴漢の被害を親告されたことはあるか。 |
| 熊谷: |
答える必要がない。 |
| 筆者: |
16歳の女の子があの時間に未だ家に着いていないのは素行がよろしくないと思われるが、あの時間に電車にいた理由は聞いたか。 |
| 熊谷: |
聞いている(でも、その内容は明かさず)。 |
| 筆者: |
検事の話では、あの娘は、「電車は赤羽を過ぎたら空いていた」と言っている。空いているのに回避行動をしなかったは何故か。 |
| 熊谷: |
色々確認しているが、答える必要はない。 |
| 筆者: |
「取り押さえた」とされる男性からも事情聴取したか。 |
| 熊谷: |
そういう男性がいたことは承知しているが、どこの誰かとは聞いていない。 |
| 筆者: |
では、その男が女子高生の知り合いかどうかも確認していないのか。 |
| 熊谷: |
はい。 |
8月30日、この日が筆者の運命を変えた日である。この日、筆者は地検に行き、検事から2回目の取り調べを受けた。
筆者は大宮署で自白めいた調書をとられていない。つまり全否認であった。そういう状況であったので、雑居房の同居人は「調書がないのであるから、検察に行くことはなく、紙切れ一枚でもう10日勾留されるであろう」と言っていたし、弁護士も当初から20日間は勾留されるとの見解であった。そうであったからこそ、筆者は兄に仕事のキャンセルを伝えてもらっていたのである。
筆者が椅子に腰掛けると、担当の検事は「ご主張は前回と変わらないようですね」と述べたので、「そうです」と答えると、検事は「実は昨日、女子高生をここ(検察)に呼んで話を聞いたのです」と述べた。検事から聞く話は、女子高生が検事に供述したことであり、筆者が初めて聞く埼京線内での様子である。
以下は、8月30日に検事から聞いたことを筆者の良心に従い、記憶のままに記していることを了解いただきたい。関係者が本稿を読み、事実と違う点があるならば、是非とも指摘していただきたい。
| 1) |
まず、女子高生は池袋から埼京線に乗車し、そこで立ったままウトウトしている筆者を目撃していたとの由である。「赤羽からではないのですか?」と尋ねると、検事は「最初の警察調書の時から池袋から乗車と供述している」と述べた。
ちなみに、筆者は刑事たちにより、女子高生は赤羽から乗車したものだと思い込まされていた。
|
| 2) |
次に、女子高生は電車が赤羽に到着した際に筆者がハッと目を覚まし、「大宮か?」と呟いたと述べたそうである。
これは全く記憶にないことである。筆者が新宿から帰宅する場合は赤羽乗換であり、当日の夜、大宮に用事があった事実はない。それに、この日(20日)は母が退院する日であることをわかっていたわけであり、そんな日に道草をするはずがない。
|
| 3) |
赤羽を過ぎると電車内は空いていた。女子高生はドア付近の手すりがある位置に立っていたそうである。
これも寝ていた筆者にはわからないことである。
|
| 4) |
赤羽を過ぎると電車が結構揺れて、その揺れと共に、筆者が女子高生がいる位置に近づき(1M程度の移動)、最初は肩などが触れた。そこで女子高生が少し移動すると、筆者は更に近づいてきたそうである。
これも全く記憶にない。
|
| 5) |
荒川を越えた辺り、武蔵浦和近辺で筆者が女子高生の太ももなどを右手で撫でたとも言われた。
これもわからない。言われっぱなしである。 |
そうこうしている内に、検事が「僕はフェアにやりたいからね。これを見て」と、「決定的な証拠」とされるブツを提示した。
それは、携帯電話で撮影された写真であり、それを見ると、立っている筆者の腕と手の甲が女子高生に触れているように見えるものであった(検事は「密着」という表現をしたが、筆者にはどうしても「密着」しているようには見えなかった)。筆者は進行方向とは逆向きで、ドアの両脇にある手すりに背もたれて寝ていたようである。
確かにこの女子高生が撮影した写真を見ると、筆者が女子高生の近くにいて、体の一部に触れた事実があるらしいので、筆者はその部分の事実は認め、それが原因で女子高生に不快な思いをさせたのならば謝る旨、検事に告げた。でも、絶対にわざとではないとも述べた。そして、撮影された時の筆者はどうであったのかを尋ねた。
| 検事: |
これを撮られた時のことを覚えていますか。 |
| 筆者: |
全く記憶にありません。 |
| 検事: |
確かに、女子高生も、あなたが気づいていない様子であったと言っています。 |
| 筆者: |
その時、僕は起きていたと言っているのですか。 |
| 検事: |
いや、目をつぶっていたと述べています。でも、嘘寝していたと思ったかもしれませんよ。 |
| 筆者: |
どのくらい触られたと言っているのですか。 |
| 検事: |
3秒、長くても5秒と言っています。 |
筆者の浅学振りを露わにするようで恥ずかしい限りであるが、ここで筆者は刑法のイロハのイも知らなかったことを告白しなくてはならない。筆者の容疑は埼玉県迷惑行為防止条例違反である。その二条4項にはこう書かれている。
何人も、公共の場所又は公共の乗物において、他人に対し、身体に直接若しくは衣服の上から触れ、・・・人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑猥な言動をしてはならない。
これに違反した場合、六月以下の懲役又は50万円以下の罰金というわけである。もう一度、条文を読んで欲しい。この冒頭に「故意又は過失により」という文言はない。しかし、これは「痴漢に過失は存在しない」という前提があるから殊更「故意又は過失により」という文言は書かれないといった説明を受けた。筆者はそれを知らなかった。よって、検事に、「条例を読み、その内容は理解している。女子高生に迷惑をかけたことで何らかのペナルティーを課されるのであれば甘受するが、でも、痴漢をしたというのであれば、そこは絶対に争う」といった内容の発言をした。
検事は最後の質問をした。「なぜあなたは電車の中で強く抗議をしなかったのですか」と。筆者は「警官にちゃんと話せば、きっとわかってもらえると思ったので、電車内では見苦しいことはしませんでした」と答えた。この質問は筆者が雑居房の同居人から受けた質問と同じであったので面白いと思った。同居人が「警察について行った時点でお前の負けだ」と言っていたのを思い出した。しかし、筆者は昔から警官というのは公のために日夜勤務に励んでいる尊敬すべき人々、稚拙な言い方が許されれば「お巡りさんは正義の味方」との思いが強く、それ故に警官なら一方のみに与するのではなく、公平に調べてくれると思っていたのである。
検事とのやりとりは優に1時間を超えていたであろう。検事は筆者に「痴漢罪は成立しないな」と、独り言ともとれる、でも筆者にははっきりと聞き取れる発言をした。そこから調書作成となり、それを読み、修正なしに署名をしたのである。
取調室をでる間際、検事から「もう一日あるので、もう一度証拠を整理して、明日あなたの処分を決めます」と言われ、取調室をでた。「明日、釈放されるかもしれない」が、その時の正直な感想である。そして、筆者を追い込むはずの「決定的な証拠」が、逆に筆者を救ったというアイロニカルな結果が可笑しくてならなかった。帰りの護送車の中で、筆者は同乗した年配の看守に「仮に不起訴になった場合、逮捕した刑事さんは『ごめんね』の一言くらいは言ってくれるのですか」と尋ねた。返ってきた答えは「不起訴というのは起訴しないというだけのことであるから、謝罪なんかはしないだろう」であった。筆者は「ふーん」とお愛想を一つだけ返しておいた。
筆者は、この若い検事に正義を見た。警察の調書を鵜呑みにはせず、実際に女子高生を呼び自ら取り調べてくれたからである。それと同時に警察の杜撰な捜査に怒りを覚えた。
逮捕当夜、刑事は女子高生からも事情を聞いている。その際、シャッターを押した再現シーンも作成している。その時に検事が抱いた関心、つまり、シャッターを押した瞬間の筆者の様子はどうであったのかを聴取しなかった可能性が強い。若し聞いたのならば、犯罪成立を疑問視する刑事が一人くらいはいたであろう。第三者が撮影したのならともかく、被害者本人が至近距離で撮影し、シャッター音もしているにもかかわらず、それに気づかない間抜けな痴漢がいるわけがないではないか。それを確認してさえいれば、女子高生は検事に供述した発言と同じ発言をしたはずである。16歳の女の子が痴漢に過失はあり得ないといったことを知らなかったことは仕方ないし、痴漢と勘違いしたことも仕方ないかもしれないが、刑事なら痴漢の成立要件を知っていて当然である。仮に知らなかったらそれ自体が重過失である。熊谷課長は「女子高生からの事情聴取は十分やった」といった趣旨の発言をしたが、筆者は全く信用しない。寝入ったまま縁もゆかりもない川越方面の電車に乗りつづけ、女子高生に起こされ目覚めた点も論理的に筆者が痴漢ではない証左であるが、それにも増して女子高生が検事に供述した内容こそ、筆者が痴漢でない「決定的な証拠」である。大宮署の刑事たちは筆者を最初から痴漢だと決め付け、女子高生からの聞き取りを疎かにしたのであろう。そうでなければ辻褄が合わない。事情聴取を疎かにしたからこそ、酒田刑事は8月27日の筆者の質問に答えられなかったのである。彼らの如きお粗末な刑事を血税で雇い続けるのは埼玉県にとって百害あって一利なしであろう。
うがった見方をすれば、女子高生が供述した内容だと筆者に有利であるため、故意にその事実を握り潰したのかも、とさえ思えるのである。確かに、刑事には筆者にとって有利な証拠を集める義務がないのかもしれない。しかし、痴漢容疑を実名で報道され、住所と職業もさらされる人間及び、その親族の気持ちをわかっているのか、と言いたいのである。実際に筆者の家族は塗炭の苦しみを強いられたのである。母は今でも睡眠障害が治っていない。筆者のうがった見方が万一その通りであるならば、このような悪質な刑事は即刻懲戒免職すべきであろう。こんな連中には年金も支給したくない。いずれにせよ、このような刑事たちを放置してきた大宮署長の責任は重いのである。大宮署長、謝罪せよ!
思うに、刑事諸君は今までの経験上、威圧的な態度及び証拠が残らない老獪な嘘で接すれば痴漢を認める被疑者が多かったので、そのノウハウを迷うことなく筆者にもぶつけてきたのであろう。その結果が不起訴である。大宮署の汚点であることは間違いない。実際に、熊谷課長は今回の不起訴は不名誉なことであると認識している旨、筆者に述べていた。しかし、不起訴程度で落ち込んでもらっては困る。拙い捜査をしてきたお釣は大きいことを思い知るのはこれからである。
(注)
この点(女子高生がシャッターを押したときの筆者の様子など)を熊谷課長に聞いてみたところ、「もちろん、その時の状況なども聞いているが、彼女の言い分をあなたには言えない」との答えであった。女子高生が警察と検察とで供述を変えたという可能性も少しはあるが、恐らくはろくな事情聴取をしていないというのが真実であろう。
読者諸兄はご存じであろうが、この手の容疑で逮捕されると、罪を認めた場合、罰金刑で釈放されるのが通例らしい。前科なしの筆者なら尚更である。実際に同居人たちは、「罪を認めて釈放される方が断然良い」といった話を筆者に繰り返しした。中には、「俺もお前と同じようなこと(身に覚えがない)を言っていた奴を沢山知っているが、皆罪を認め、罰金で出て行ったよ」と述べた同居人もいた。彼らは全員、自らの容疑を認めており、そのような彼らの関心は実刑が何年になるかだけである。そのような彼らにしてみれば、直ぐに出られるのに頑なに否認し続ける理由がわからないのであろう。
しかし、筆者には否認し続ける明確な理由があった。全く身に覚えがないこと、この一点である。自身の名誉のため、親兄弟の名誉のため、親戚の名誉のため、筆者を理解してくれている友人知人の名誉のため、ご先祖さまの名誉のため、そして、将来生まれるであろう子孫の名誉のために、どんなことがあっても身に覚えがない容疑を認めるわけにはいかなかったのである。それだけである。
8月31日昼過ぎ、若い看守が体裁悪そうな表情で「274番、荷物を全部もって出て」と言った。釈放が決まったのである。筆者は2階に上がり、現在釈放の準備をしているとの説明を受けた。近くにいた看守に、「だから最初からやってないと言っていたんだ。僕は仕事を失ったのだけど、どうしてくれるの?」と皮肉を言ってやったら、彼はうつむきながら、筆者の目前から消えた。準備に時間がかかっているようであるので、「一言1階の皆さんに挨拶がしたい」と言ったら、「荷物をまとめたら直ぐ釈放だから」という。「そんなの駄目だ。お世話になった方々に挨拶するのは当然だ」と主張し、それが年配の看守に聞き入れられ、下におり、1階の皆さんに「お陰様で不起訴になりました。色々教えていただきありがとうございました」と御礼を述べると、皆は「よかったね」と言ってくれた。刑事からは「あんな連中とはこの場だけの付き合いにしたほうがいい」と言われたが−それも尤もではあるが−、留置所には愛すべき被疑者が多かったというのが筆者の印象である。
一通り挨拶が終わり、2階に上がった。通されたのは取調室である。そこに筆者の荷物が全部揃っていた。筆者を取り調べた10名を越える刑事たちは一人もいなかった。手続きをしたのは看守たちである。13時頃、筆者は釈放された。分厚いドアを越えると、そこに筆者の叔父がいたので、警察が釈放を身内に連絡し、迎えに来たのかと思ったら、単なる偶然であったらしい。叔父に「釈放された。不起訴だよ」と言ったら、叔父は筆者を出口に導いた若い看守に向かい「ふざけてるんじゃねえぞ」と一喝した。彼はそそくさと戻ってしまった。
大宮署を出た。そこで筆者はかねてより考えていた通り、玄関前でタバコに火を付けた。タバコは自由の象徴であり、娑婆の味であった。そして地元に帰った。涙を流し出迎えてくれた人もいた。
様々な幸運が重なり釈放された筆者ではあるが、今回の経験を通じて、権力というものの恐ろしさを考えずにはいられなかった。権力というものは、使い方によってはもの凄く危険である。個人を簡単に抹殺してしまう。よって、行使する側の高い見識と自制心が求められるとの認識を改めてもった次第である。
権力といえば、マスコミも権力である。新聞報道によって、筆者とその家族は甚大な被害を被ったのである。確かに、警察の発表を記事にしただけとの言い分はあろう。それはわかる。しかし、新たな事実がわかった時点で、それを元の記事以上に報道することも社会的義務ではなかろうか。その点、朝日新聞、東京新聞、共同通信は概ねきちんと対応してくれた。しかし、残念ながら、一番警察発表に忠実な記事を出した産経新聞からは新たな事実を記事にすることを拒否された。筆者に対する対応も一番不誠実であった。産経新聞埼玉支局に電話をしたところ、「担当者がいないので明日もう一度電話下さい」と言われ、翌朝かけ直し、事情を説明した。「上司に相談するので連絡先を教えてください」というので教えたが、夜になっても連絡がない。もう一度かけ直したら、「折り返すという意味じゃなかったのです」という。「で、新たな事実が判明したことを記事にしてくれますか」と尋ねたら、「記事にはしません」との答えであった。腹立たしいことではあるが、武士の情けで対応した人物の名前は伏せておこう。
また、筆者の周辺には「その女子高生は示談金目的では?」と考えている人もいる。ネット上でもそういった見解が飛び交っている。確かに、電車が空いていたというにもかかわらず、回避行動をせずに要領よく写真撮影したのは何故かといった疑問は残るが、しかし、筆者は今のところは善玉説を採りたいと思っている。確かに、当初はハメられたとの思いもあった。「女と男がグルなのでは?」とさえ思った。しかし、あれだけ常識ある検事が「女が嘘をついてるとも思えないんだよな」と述べていたことを重く受け取ろうと考えている。
若し、被害者とされる女子高生が本稿を読んでくれたなら、大宮署に連絡をして筆者の電話番号を聞いてほしい。あなたとお話しがしたい。本稿に筆者の思い違いがあるのであれば遠慮なく指摘して欲しい。筆者に過ちがあれば、それをあなたに謝罪したい。それと同時に、警察から聴取された内容を教えてもらいたいのである。筆者が本稿を執筆した理由の一つは、これをあなたに読んでいただきたいからである。大宮署の電話番号は048−663−0110、http://www.police.pref.saitama.lg.jp/kenkei/ps_hp/omiya/top.html である。

最後になるが、筆者は大宮署の刑事たちによる初期捜査に瑕疵があったと考えている。そのせいで筆者は10日間の自由を奪われ、手錠をかけられるという屈辱も受けた。よって、大宮署長には謝罪を求めたい。しかし、今でも、圧倒的多くの警察官は立派な人物であろうと信じていることも、警察官の名誉のために付言しておく。それと、今回の事件を契機に、否認している被疑者の実名公表の是非について、識者の方々に議論をしていただければ幸甚である。
また、筆者のことを理解してくださり、今まで通りの勤務を認めてくださった社長にもこの場を借りて感謝申し上げる。
補記
本稿では紹介しきれなかったものではあるが、熊谷課長の話で、筆者が関心を抱いたことを箇条書きにする。
| 1・ |
逮捕当夜、女子高生のご両親には警察のほうから連絡をした。 |
| 2・ |
不起訴になったことは被害者(親告者)には連絡しない。 |
| 3・ |
警察では酔っぱらいの度合いを泥酔>酩酊>ほろ酔いで認識しているらしい。 |
| 4・ |
仮に筆者が女子高生を侮辱罪若しくは名誉毀損で訴えたいと相談したら、警察は捜査してくれるのかという問には「届け出によってはそうせざるを得ないこともあるでしょう」との由。 |
| 5・ |
否認しているかかわらず、実名公表することの是非を伺ったところ、課長個人の見解としては「痴漢をして、最初から容疑を認める人は少ないよ。だけど、段階を経て認める人もいれば、そのままの人もいる。それらの人に我々がいちいち否認してるのだから公表しなくていいのかと、そういうことなら、みんな否認しちゃうと思うよ。痴漢だけに限らずだよ」と述べた。 |
| 6・ |
「課長に倅がいて、彼が身に覚えのない容疑で逮捕され、実名を公表されたら、あなたはどう思うか」との問には、個人的見解として「警察の調べ方は知っているから・・・、倅のことは信じているけど(その後の発言は聞き取れず)」 |
| 7・ |
熊谷課長の見解では、筆者のことを未だにグレーであると思っているらしい。 |