人形町サロン
人形町サロンとは? 花岡信昭の政治を視る目 今月の識者 研究ノート 原稿募集
席亭閑話 読者の声 リンク お問い合わせ 編集部より
金門島攻撃から50年
2008.08.26


 今回はチョンガー公爵が担当します。

 先日、読売新聞のHPを見ていたら金門島攻撃から50年という記事が出ていました。日本でいえば岸内閣のときの出来事ですよね。

 これ、要は中共軍による台湾攻撃なのですが、わたくしめはセイガク時代、岸信介に関心をもっていましたので、今回の読売の記事に接し、学生時分岸内閣当時の新聞や雑誌、ほか研究書を読み漁っていたことを思い出しましたね。

 岸と言えば60年安保でしょうが、この事件は日米安保条約の内容にも影響を及ぼしたのですよ。

 まぁそれはともかく、当時の政治家は本当に仕事をしていましたよ。駒も揃っていましたしね。

 わたくしめは岸が大好きです。確かに彼にはダークな部分が付きまといます。満州を仕切っていたころの金の使いっぷりをみれば阿片マネーとの関わりを想起させますし、東条内閣退陣の道筋を作ったといっても敗戦及びその後の戦犯狩りを見据えての“東条おろし”であるとの指摘は今も根強いです。A級戦犯容疑者として巣鴨に閉じ込められていたことも御承知のとおりです。

 でも、わたくしめはそんなこと気にしません。彼は戦後の宰相の中では飛びぬけていると思っています。彼には「保守」すべきは何かがわかっていたのです。今の福田さんとは大違いです。

 一言で申すならば、岸は「独立の完成」を目指していました。これの概念規定はちょっと難しいので深入りはしませんが、「独立の完成」のために安保改定に命を懸け、生涯憲法改正を訴え続けました。

 そのお孫さんが安倍前総理です。安倍さんには期待したのですけどねぇ。でもまだ復活するかもしれません。そのときこそは頼みますよ!

 ちなみに、岸が折衝を重ねた在日米国大使はダグラス・マッカーサー将軍の甥っ子でした。岸はマッカーサー大使と気があったみたいですね。


 
Copyright (C) 2006-2008 黒岩政経研究所 All Rights Reserved.