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政治学者・東洋学園大学兼任講師

櫻田 淳 氏

<略歴>
1965年生まれ
東大大学院博士前期課程修了
主著
『国家の役割とは何か』(ちくま新書)
『国家への意志』(中公叢書)
「義兵」と「應兵」の枠組としての軍隊  2006.07.08

 
 「乱を救い暴を誅する、之を義兵と謂う。兵が義なる者は王たり。
敵が己を加し已むを得ずして起つ者、之を應兵と謂う。兵が應ずる者は勝つ」。

 古代中国二十四史書に数えられる『漢書』中、魏相と丙吉という二人の丞相の事績を扱った「魏相丙吉傳」には、このような記述がある。
この記述は、「騒乱のような無秩序な状態に秩序を与え、秩序を乱す振る舞いに制裁を加える軍事行動は、これを義兵と呼ぶ。
義兵は至上無敵の存在である。
敵から攻撃を仕掛けられ已むを得ずして起こした軍事行動は、これを應兵と呼ぶ。
應兵は勝利を収める」という意味を持つ。

 去る6月29日午前(米国東部時間)、小泉純一郎(内閣総理大臣)とジョージ・W・ブッシュ(米国大統領)は、ホワイト・ハウスでの日米首脳会談に臨み、「新世紀の日米同盟」と題された日米共同文書を発表した。
この文書においては、日米両国が、自由、民主主義といった普遍的な価値意識の下に、地球規模の課題に協力して取り組むことが打ち出された。
小泉は、会談後の共同記者会見の場において、「日米関係と同等の重要性を持った国は一つもない」と述べ、対米関係に第一の比重を置く姿勢を強調したのである。

 小泉とブッシュが確認した「世界の中の日米同盟」の意義は、前に触れた『漢書』「魏相丙吉傳」中の言葉を借りれば、日米同盟が「應兵」の枠組から「義兵」の枠組に変貌する方向性を示したことにある。

 我が国の陸海空三自衛隊は、発足後半世紀、「應兵」の枠組であることを専らの存在意義としてきた。
そのことは、「敵が己を加し已むを得ずして起つ」という「應兵」の定義が、「専守防衛」の言葉で想起されたものと軌を一にしている事情を踏まえれば、明らかである。
日米安保体制もまた、そうした「應兵」の枠組としての自衛隊の活動を補強するのを趣旨としていた。
冷戦期においては、自衛隊の海外展開が期待されなかったのは、「應兵」の枠組の性格を踏まえれば、当然のことであったといえよう。
 
然るに、「冷戦の終結」以後、「国際貢献」の名の下に海外に続々と派遣された陸海軍三自衛隊部隊の活動は、カンボディアに始まりイラクに至るまで様々な議論の交錯の末のものであったけれども、「乱を救う」という趣きを前面に出すものであったという意味においては、紛れもなく「義兵」の性格を帯びるものであった。
自衛隊部隊の活動は、従来の軍隊に期待された活動とは一線を画した「義兵」として認識されたが故に、我が国内外の支持を集めたのである。
 
イラク派遣自衛隊部隊の活動は、英蘭両軍の治安維持活動に依存した上でのものであったけれども、そのことは、自衛隊部隊が「乱を救う」役割を十全に果たしているわけではないという事実を垣間見せている。
とはいえ、「冷戦の終結」以後、自衛隊部隊が「義兵」の枠組として国際舞台に再び登場できたのは、我が国には誠に幸運なことであった。
「世界の中の日米同盟」は、そうした「義兵」の枠組を日米同盟という文脈でも機能させる方向性を示したのである。

 『漢書』中の言葉は、「義兵」が「王」(至上無敵の存在)として位置付けられるものであるとともに、「應兵」が「勝」(勝利)結び付くことを示している。
しかも、この「義兵」と「應兵」は、国連憲章の上で許容される軍事行動の基準と重なり合っている。
このことが世に教えるのは、我が国の「兵」が「義兵」と「應兵」の枠組であり続ける限りは、その活動が広く国際社会の信頼を失うものとはならないということである。

 ただし、それにもかかわらず、今後の我が国の安全保障政策の展開が誠に難儀なものであろうということは、想像に難くない。
というのも、「已むを得ずして起つ『應兵』」の対象は、在来型の国家による侵略行為からテロリズムに至るまで多様なものになっているし、「乱を救い暴を誅する『義兵』」の行動の中身は、国の数だけ「正義」があるという国際社会の現実を前にして年々、複雑になっているからである。
そうした多様さや複雑さを前にして、我が国が自らの「兵」を専ら「義兵」と「應兵」の枠組としてのみ円滑に働かせようとするならば、余程の真剣な情勢観察と思索の蓄積が必要とされるであろう。
我が国が憲法典改訂を通じて「普通の国」に脱皮する瞬間は、確かに近付いているかもしれないけれども、「普通の国」への脱皮の後にこそ、本当の「試練」が来るのである。



 
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