テレビは視聴率を追求するものと思われているが、「視聴率を追求するところからテレビの堕落が始まる」と主張するテレビがアメリカにある。C−SPAN(シー・スパン)というケーブルテレビ向けのチャンネルで、アメリカ議会の審議、政党のイベント、シンクタンクのシンポジウム、政治家やジャーナリストが出演するスタジオ番組など政治の動きを専門に放送している。国から補助金が出ているわけではない。民間が経営するいわゆる民放である。視聴率を追求しないテレビが何故成り立つかと言えば、視聴率に明け暮れる地上波テレビには真似の出来ないチャンネルとして、ケーブルテレビ業界がこれを支えているからである。C−SPANはケーブルテレビのベーシック(視聴者が選択できない基本チャンネル)に組み込まれ、加入者が支払う月額30ドル(3600円)程度の基本料金の中から一世帯につき月額6セント(7円)が分配される。アメリカではケーブルテレビが全米7割の家庭に普及したため、C−SPANの加入者も7千万世帯を超えた。
こうしてアメリカ社会に根付いたC−SPANは「アメリカの民主主義を強くすること」を目的に国民の政治教育に力を入れている。特に若者達に政治を理解させようと、全米の大学と高校を中継車が回って学生による政治討論番組を制作する一方、教師達に議会の審議を教材に使用するよう呼びかけている。
私がC−SPANを知ったのは1980年代の終わり頃、日本の政治が自社馴れ合いの国対政治によって国民の政治不信が渦巻いていた頃である。当時TBSの自民党担当記者をしていた私は、国対政治の裏側を見るにつけ、このままでは日本の政治はもたないと思っていた。当時の国対政治はNHKの国会中継と連動し、野党の審議拒否を前提としていた。NHKは「慣例」と称して予算委員会の各党一巡目の質疑しか中継しない。予算審議は本来2ヶ月間毎日のように行われるのだが、NHKが放送するのは最初の2、3日だけ。すると野党はそこで最もテレビ向きのスキャンダル追及を行い、テレビ中継がなくなる日から決まって審議拒否に入る。国会審議は全てストップし、国対の裏交渉が始まる。裏交渉では労働組合の賃上げからスト処分まであらゆる問題が取引材料となり、それに絡めて国会に提出された百本あまりの法案全ての帰趨が決まる。「成立」、「継続」、「廃案」が議論される前に決められていく。予算成立ギリギリのタイミングになると何らかの理由をつけて野党が審議に復帰するが、それに伴って与党から野党にカネが流れる。そうした事が日常化していた。法案を書いているのは官僚だが、官僚は与党の事前審査さえクリアすれば、国権の最高機関である国会はどうでも良いことになる。「私が書いた法案が成立するのはうれしいが、しかしこんなことで日本の将来は大丈夫だろうか」とある官僚は私に言った。
1989年の参議院選挙で自民党が歴史的惨敗を喫し、参議院で野党に転じた。予算以外の法案が全て成立しなくなる事態が想定され、政治改革が急務となった。政治改革の議論は小選挙区制の導入が中心だったが、私は選挙制度には一長一短があり、それよりもスキャンダル追及と審議拒否をやめさせ、国会を正常な状態にする方が意味があると思っていた。NHKがもっと国会中継をやれば良いのだが、NHKは国会ばかり放送する訳にはいかないと言う。そこで世界の事例を調べたところC−SPANに行き着いた。
C−SPANを誕生させたのは、ベトナム戦争の敗北とウォーターゲート事件によるアメリカ国民の政治不信である。70年代半ば、アメリカの政治家達は政治の信頼を取り戻すには情報公開しかないとの結論に達し、「日の光の当たる所に腐敗は生まれない」を合い言葉に、政治家、官僚、裁判官らの資産公開をはじめ、税金で運営されている所は基本的に情報公開の対象とした。議会もまたテレビで公開すべきということになり、議会が撮影した審議映像を無料でテレビ局に提供することになった。しかし視聴率優先の地上波テレビはニュースに使うだけで、そのまま中継することはない。そこにケーブルテレビ業界誌の記者が目をつけた。その男の構想にケーブルテレビ会社の経営者達が賛同してC−SPANが誕生した。議会がノーカットで放送されるのを初めのうち議員達は嫌がった。勤務評定されて落選することを恐れたからである。一方で国民受けを狙うポピュリズムの政治家が増えるという危惧もあった。しかし放送が始まってみると逆にパフォーマンス議員が落選し、地味でも勉強している議員が国民から評価されることが分かった。国民はそれほど愚かではない事が証明された。議会は監視されているという意識から緊張感が出てきた。いつしかC−SPANはアメリカ民主主義にとって不可欠の存在と言われるようになった。
1989年、私は自民党政治改革推進本部にC−SPANのようなテレビを日本にも実現したらどうかと提案し、それは自民党の政治改革大綱に重点項目として盛り込まれた。
1990年、C−SPANの意義を日本に紹介するため、私はC−SPANの配給権を取得してアメリカ議会やシンクタンクの議論を日本に紹介する会社を興した。ちょうど冷戦が終わる頃からアメリカ政治の実態をC−SPANを通して見るようになり、日米の政治を同時並行で観察することになった。旧ソ連が崩壊したとき、アメリカ議会では次の脅威は何か、軍事戦略をどう変更するか、CIAをどうするかなど冷戦後の課題を議論していた。その頃日本の国会では、冷戦が終わって「平和の配当」が受けられるという議論ばかりで、誰も次の脅威など問題にしなかった。世界第二位に上り詰めた日本経済は、一時はアメリカから旧ソ連に代わる次の脅威とみられたが、バブル崩壊後は低迷を続けるばかりで、すっかり見くびられるようになった。戦争に突入する時、アメリカ議会では全議員が戦争を支持するか否かの意見を一人ずつ表明する。それは政治生命を賭けた意見表明である。国民の血を流す決断をする訳だから当然のことだ。政治家の真剣さと緊張感がひしひしと伝わってくる。それに比べて自衛隊をイラクに派遣する時の国会の議論に緊張感と真剣さはかけらもなかった。この10数年の日本の凋落ぶりはアメリカ政治と同時並行で見ているとより強く感じられてつらいものがある。
この状態を立て直せるのは官僚の力でも経済の力でもない。日本が世界に伍していくためには政治の力を上向かせるしかないのだが国民はそのことに気づいていない。政治は陳情の対象か、罵倒する対象か、その二つしかないように見える。いくら陳情しても出ないものは出ない。罵倒してみても誰の利益にもならない。政治をうまく育てて国の力を回復する事が大事だという事に気づいてもらわないと困る。そのためには政治と国民をつなぐC−SPANのようなテレビが必要だと思うのだが、アメリカと違ってこの国のテレビは視聴率一辺倒になってしまった。ケーブルテレビまでが視聴率追求に走っている。おかげで私がC−SPANの日本版として9年前に立ち上げた「国会TV」もテレビの世界ではやっていけなくなった。現在はインターネット(http://kokkai.jctv.ne.jp)で続けているがアメリカのように多くの国民に見てもらう事にはならない。
テレビの視聴率競争はお笑い芸人を時代の寵児に持ち上げ、報道番組までタレントが司会を務めるようになった。政治家も選挙の票を目当てにお笑い番組に続々出演する。タレントと政治家の垣根がなくなり、政治家がタレントに媚びを売るようになった。芸人の方が政治家より偉く見える時もある。だからそのまんま東が選挙で圧勝する事になる。そんな国が世界中のどこにあるだろうか。C−SPANの言うとおり視聴率追求はテレビを堕落させるが、それを見ているのが子供達だと思うと、民族の将来も危うい。こんな状態を「どげんかせにゃ」日本の未来はない。私はC−SPANのようなテレビを日本に実現しようと悪戦苦闘しているが、皆さんにも「政治を育てる」ために何をするかを考えて貰いたい。