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去年の12月の末、北京を訪問した日本の福田康夫首相と中国の温家宝首相との間で、一つの「優雅なる」約束が交わされた。2008年の「桜の咲く季節」に、中国の胡錦濤国家主席は日本を公式訪問する、という。
日中間の多くの「約束事」が悉く反古されてきたのと同じように、この約束もやはり守られていない。今年の春には、3月の末から東京の桜はとっくに咲いているし、関西もいよいよ、4月の初旬に花の満開を迎えた。しかし、肝心の「花見客」の胡主席はいっこうにその姿を見せてくれない。彼の日本訪問は結局、桜の散る五月にずれ込んだからである。
訪日延期の理由の一つはやはり、例の「中国製毒餃子」事件であろう。日中両方の政府当局が揃って「餃子」と「延期」との関連性を否定しているが、「桜の咲く季節」が4月であるのは小学生でもわかっている常識であるから、5月となった訪問の延期は当然、何らかのやむを得ない理由によるものでしかない。「餃子」が原因の一つであるとは考えるべきであろう。
しかし、「餃子事件」の一つで、中国の国家元首の日本公式訪問が延期を余儀なくされたのであれば、日中間の「互恵関係」はいかに脆弱なものであるかがよく分かってくるのである。そして、このような事態が生じてきたことは、福田政権が一貫して進めてきた「対中協調=降参外交路線」の行き詰まりを意味するのではなかろうかと、私は思うのである。
福田政権はその成立以来、小泉・安倍政権時代にようやく確立された「主張する対中外交」に背を向け、中国にたいしてひたすら宥和し譲歩するという無原則な「協調路線」をとり、従来の通りの位負け(自らを格下と位置づける)対中外交へと回帰した。
福田首相はまず、「靖国参拝せず」と明言して、小泉政権以前の日本首相の参拝自粛を踏襲した。中国側はそれで「時限爆弾が取り除かれた」と大いに安心したが、日本側はむしろ、かつての安倍政権が大いに活用したところの対中カードの一枚を無条件に手放すこととなった。
福田政権はさらに、東シナ海ガス田開発問題にかんする日中協議においても降参の姿勢を示した。安倍政権はかつて、2007年秋を目途に協議の決着を図ろうとして、それまでに協議に進展がなかった場合には日本側も試掘の準備にとりかかるとの方針を決めていた。しかし福田政権になってこの選択肢が事実上放棄された。つまり福田政権は、日中両国が互いの国益をかけて交渉している最中において、日本側の最大の対抗手段=交渉カードを自ら放棄したわけである。
この二つの無原則かつ一方的な譲歩によって、日中間の力関係はまったく逆転して日本の交渉者としての立場が徹底的に弱くなったことは言うまでもない。
こうした中で、東シナ海ガス田問題にかんする日中間の協議においては、中国側は「軍艦を出すぞ」という前代未聞の脅迫をかけて日本側を舐めきった態度を露わに示した一方、いっさい譲歩せずにして決着を先に延ばしていく作戦に出た。
その結果、去年の春に温家宝訪日の時に日中首脳が合意したはずの「2007年秋を目途とする協議の決着」が先伸ばされた。福田政権はそれで、その「対中協調外交」の最初の失敗を喫したわけだが、目を覚めようとはしなかった。
2007年12月1日に、日中両国の外相はまたもや会談して、「2007年内に予定される福田首相の訪中時の決着を目指して協議を加速する」方針を確認した。しかし、福田首相は中国側の要望にしたがって12日28日からの中国訪問に踏み切ったにもかかわらず、訪問中の日中首脳会談においてもこの問題についての決着がまったくつけられなかった。つまり中国にとって、「訪中中の決着」云々というのは、単に福田首相を訪中に誘い出すための餌にすぎなかったが、福田首相は見事にそれに釣られる格好となった。
その結果、この訪中を通じて中国側の思惑どおりに「日中友好」が盛り上げられたわりには、日本の国益にかかわる大問題の決着がまたもや先伸ばしとされた。
この訪中中に、福田・温家宝両首脳は一応、共同の記者会見において問題解決への並みならぬ「決意」を語り合った。福田総理は「早期に決着させる決意を共有した」と語るのにたいして、温首相も「早期解決に向けて断固たる決意を持つことで合意した」と述べた。両首脳は、2008年の春に予定される胡錦濤主席の訪日の前に、この問題の解決を目指していくと合意したと報じられている。
しかし、年明けての2008年、2月23日に北京で行われた日中外務次官レベルの「戦略対話」では、日中は再びガス田開発問題を集中的に協議したが、やはり合意に至らなかった。しかも、ここまでに来て中国側は突如、必ずしも胡主席訪日前の決着に拘らない態度を示唆した。
つまり、中国側の「決意」を信じ込んでいて、中国側との協調関係の増進によって問題を「早期解決」しょうとする福田政権の甘い期待が、もう一度裏切られたのである。
東シナ海でガス田の開発を実際に進めているのは中国の方であるから、この問題の決着が先に延ばされればされるほど中国にとって有利だ。この問題の決着をできるだけ先に延ばしながら、「日中友好」のムードだけを盛り上げていこうとするのはまさに中国側の対日作戦の基本線であるが、福田政権は完全に、北京の対日作戦に乗せられたままである。
その中で、例の「中国産毒餃子」事件が起きた。この事件への対応において、自らのミスや過ちをいっさい認めようとはせずに、逆に問題を日本側に転嫁しょうとする中国側の破廉恥なる態度が日本国民の反感と反発を買い、日中関係にふたたび暗雲が漂い始めた。
しかし、日中関係に多大な打撃を与えかねないこの問題への対応において、「協調関係」を築き上げたはずの日中両国の首脳はまったく無策無為のように見えた。中国側ではずっと検疫局や公安局の役人たちが表に出ているが、彼らの言動や発表はむしろ、事態の悪化を招く一方であった。
被害者の国の総理大臣としては苦しい立場に立たされた福田首相は終始、「日中友好」に水を差さないように控えめの姿勢で事態の早期解決と鎮静化を図っていたが、中国側は福田政権のこうした姿勢と「苦心」にたいして配慮する気配はまったくなかった。そしてとうとう、2月28日に行われた中国公安の言語道断の発表によって、中国という「隣の友人」との「協調関係」を看板の一枚とする福田政権のメンツがまる潰される結果となった。中国に対する日本国民の反感が小泉政権時代以上に高まってきた。
日中間で何かのトラブルが起きる場合、両国間のいわゆる「友好協調関係」がまったく機能せずにして何の問題の解決にもならないことがこの件によって露呈された。東シナ海問題の解決に何の進展も得ることなく、「毒餃子問題」の一つも解決できないのであれば、福田政権がひたすら譲歩して媚を売って貫こうとする「日中協調路線」は日本の国益のために、日中関係の安定化のためにも何の役にも立たない有害無益の長物であることがわかった。
つまりここまできて、日本の一方的降参を代価とする福田政権の媚中路線は完全に行き詰って破綻する寸前である。福田政権が大いに期待しているはずの胡錦濤主席の訪日のやむを得ない延期はまさに、福田政権の「対中協調外交=降参外交」の破たんの象徴である。
そして、この5月初旬に、今では、チベットでの鎮圧と人権侵害の問題で国際社会から批判されているところの胡錦濤主席がいよいよ訪日するのである。その時に、わが福田首相は、「毒餃子問題」も東シナ海問題もチベット問題もすべて棚上げにしたままで、胡主席との間で一体何を語り合うつもりなのか。そこはまさに、これから注目していくべきところである。
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